北の(来たの?)獣医師

北海道十勝地方で牛馬を相手に働く獣医師の最近考えていることを、 散文、韻文、漢詩 でつづったものです。

命のボーダーライン

牛馬を健康にするために日々働いている私ですが、何のために彼らの健康を守るかといえば、もちろん人間のためであります。そのためには、時には健康な牛馬を殺して肉にもするのです。
このことに関して、とある食肉検査官氏の大変興味深いBlogがあります。
お互い獣医師同士で、この辺の考察を深め合って行きたいですね。

犬のふしぎ

何年も前から気になっていることなのですが。
犬の嗅覚って人間のそれより1000倍〜10000倍も鋭いと言われてますよね。
そんな犬たちが、他の犬のウンコをなめるように夢中になって嗅いでいる。
あんなことして大丈夫なんですかね?
 

初仕事は助産だった

 濡れ子                                                                 

賀客まで牛のお産を手伝ひぬ

謹賀新年

今年の抱負に代えて、私のお気に入りの歌
 
 夕されば小椋(をぐら)の山に臥す鹿の
           今夜(こよひ)は鳴かず寝(い)ねにけらしも
 
万葉集第九巻、巻頭の一首。「・・・いねにけらしも(もう寝たようだ・・・)」このフレーズに私はシビれているのです!!・・・ここまで詠める鹿への優しさ、古人の自然との一体感。この感性を何とか少しでもいいから受け継いで行きたいものです。
 
ちなみに、この歌の作者名は、泊瀬朝倉宮御宇大泊瀬稚武天皇(はつせあさくらのみやにあめのしたしらしめししおほはつせわかたけのすめらみこと)・・・覚えられっかよこんなの・・・

2004私的10大ニュース

。掲ぶり帰省、私に俳句を教えてくれた祖父の墓参り(1月)
通勤に徒歩を組み入れる(4月)
B子のSH中学野球部後援会副会長となる(5月)
そ銃鷸慊可掾腓韮化鬼崙院(6月)
デ魯好櫃硫饂ニ攀念観戦、競馬場で駒大苫小牧優勝を観る(8月)
λ務て蚕丹綮嫗膕餘藺衄表(9月)
В苅害麈仗誘┣饒換饌膕馥蛋入選(10月)
大とかち俳句大会初参加、この縁でNPO十勝文化会議会員に(11月)
俳句雑誌「みちのく」全国大会初参加(12月)
職場の575、漢詩、友の会十勝支部旗揚げ(12月)
 
祖父の墓参りのおかげで、文芸関係に良いニュースが多かったかな。ともあれ、やはり妻、子供、親が健康でいてくれたことが何より良かった。体調崩して家族に迷惑かけたのはのは私だけか(ゴメンナサイ・・・)

キモい。ウザい。

高2と中3の娘と中1の息子がいるんですが、まったくコイツら、特に上の2人の娘ときたら、私の顔を見ればウザいだキモいだって、まぁ確かに汚い仕事してますから・・・「気持ち悪い」のは分かるけど、「ウザッたい」という言葉は、私の若い頃なかったんで、未だにどーもよくわかんないなぁ。
 
 現金娘
我娘最近反抗期
無粋不潔父嫌遠
或時急変猫撫声
高価洋服店舗前

学者と臨床家(6)

プロダクションメディスン、ハードヘルスマネジメント、といった言葉が獣医学の領域に顔を出すようになり、今まで個体の治療ばかりやっていたいわゆる火消し獣医の私も、すこしづつ牛群検診などの生産獣医療を手がけるようになりました。この手の仕事で重要なのは、牛を個体として診るのではなく、牛群を一つの大きな生き物として捉え、各個体はそのパーツであると考える所なんですよね。100頭の牛群で年間3頭以下の牛の死廃ならば健康な牛群だ、というような言い方をする。牛が3頭も死んでるのになぜ健康なの??と思っちゃいけないのです。小動物医療の世界ではこんな言い方はありえないですね。犬群や猫群の一部は殺してもいいなんてことにはならない。これはむしろ、人間の危機管理に通じるものがあるんですよ。乗客100人の船が難破しましたが救命ボートが80人分しかない、さてどうするっていうやつ。これ、自然科学ではなく、人文社会学の分野だよね。
ある牛群の牛100頭を科学的に客観的に能力とリスクを評価して、20頭の淘汰を推奨したとします。それを飼い主が素直にハイと言ってそのとおりに淘汰するかといえば、絶対にそうはならない。飼い主の心の中には、能力はいまいちだけど思い入れの深い牛、お気に入りの血統の牛、リスクはあっても特にかわいがっている牛、というのが必ずいて、飼い主は淘汰牛の選択に苦渋し迷いに迷う。
自然科学は牛群を分析して精密な情報を提供することはできるのだけれど、その先の最終的な判断は飼い主の心、人情がすることなんですよ、そこの所に踏み込めるのは誰か・・・ヨッ待ってました(笑)これが臨床家なんだと私は思うんですよ。時には飼い主と酒など酌み交わしながら「あの牛もうそろそろ肉にしたほうがいいんじゃないの?」なんて話もするわけです。こういう所は大学の講義では出てこないかも。獣医学部の学生諸君!国家試験の勉強だけでなく人文社会学の勉強も忘れずにね。

らしくなってきた

今朝の気温は管内の陸別町で−26.5℃、わが町もそれに続く−24℃をマーク。川に近い所なら軽く−25℃は超えてるでしょう。天気は快晴。うーん、やっと十勝らしくなってきたね。
 
踏み出せば雪がモゴリと物申す
 
けあらしや熱湯流れゐる如し

じこった!!

他人の車とぶつかったのは学生のとき以来だから、もう20年ぶり。今日は珍しく寝坊して8時起き、にもかかわらずギリギリ出勤時刻に間に合えばいいやと余裕こいてゆっくりと飯を食い、車に乗る。フロントガラスはここ数日、朝は霜で真っ白になっているが、今日は時間がないので運転席側だけ霜取りをしたのがいけなかった。役場前の道をいつものように加速しようとしたとたん、左の駐車場から白い車の影が目の前をふさいだ、あー!・・・時速わずか15kmぐらいのマヌケな衝突でした。相手は35歳の女性、私の車を確認してなかったらしい、むこうもネボケ面で、なんとも情けない時間の無駄なトホホな事故だったですよ。事故った!まぁお互いケガもなくて良かったけれどね。
思えば私、過去自動車で警察におせわになった事といえば、あと1週間でゴールドカードへ更新というときのシートベルト義務違反とか、スピード10kオーバーでつかまってはじめてそのとき免許が失効してるのに気づいたとか、なんともウスラボケたものばっかり・・・妻にはアホと言われるし・・・もともと自動車の運転て好きじゃないんですが、今日ますます嫌いになってしまったなぁ・・・

テレビの吹き替え

ずっと前から気になっていることがあるのですが、テレビに出てくる外国人の日本語の吹き替え。インタビューなんかで外国人がすごくフレンドリーでなれなれしくしゃべってるでしょ、あれ本当にそうなのかなぁ。「ぼくは○○なのさ」とか「そうよ△△ね」という具合。
特に子供の吹き替えはスゴイですね。外国の子供がやたらとなれなれしい。日本の子供があんなコメントしたら、抗議殺到じゃないかな。テレビ局の人が勝手に、子供というのはこうあるべきだという価値観を作ってしまっている。というか、日本人の先入観がテレビ局をそうさせているのか。
さらに、国によっても微妙に違った色分けを感じる。一番なれなれしいのはアメリカ人、イギリス人はちょっと紳士に、ブラジル人はセクシーで情熱的、フランス人はなぜかエレガントで粋だ。これに対して東南アジア人のほうはみんな純朴な感じ。中国人や北朝鮮人はどこか固いしゃべりになってる。でも、本当はそんなことないでしょ?、テレビって怖いな。

学者と臨床家(5)

軽種馬農協のCEM(馬伝染性子宮炎)浄化対策会議の後、JRA総研のA先生ら数人と帯広の町へ繰り出しました。A先生とは1992年の腺疫の日本再上陸のときからの縁(私はじつはその時の腺疫の第一報告者なのですよ)。久しぶりに骨のある獣医学者と馬の感染症について話しをすることができた。
学者は病気の診断や治療のプロセスを重視し、飼い主の気持ちを軽視してしまう傾向がある。これに対し、臨床家というのは極端な話、誤診であってもとにかくその病気が治癒さえすればよいと考え、飼い主の意向と結果を重視し、診断や治療のプロセスを軽視しがちである。A先生曰く、どんな症例でも現場の臨床家がまず記録をちゃんと残してくれることから始まる、そこから学者の研究が始まり、それを体系づけて次の症例に役立てることができるのです、と。骨のある学者ほど、現場の臨床家を大事に考えてくれているのだなぁとつくづく思った。
クリスマスイブの夜にこんな話で盛り上がって、私の子供達はもう皆中学生以上だから親父が家空けてもいいけれど、A先生のお子さんはまだサンタクロースを信じている年だそうで、夜空を見上げた顔がちょっと可哀想でありました。

シーズン

昨日はうちの診療所の忘年会、明日は軽種馬農協の懇親会、あさっては息子の部活の父さん達で朝からビールをやりながら餅つき大会、29日はチームミゾッチの忘年会、30日はうちの店の忘年会・・・町内の牛馬たちよ!どうか健康でいておくれ・・・
 露 出

昨夜痛飲息芳香

乾喉飲水貯膀胱

大量放尿納屋角

農婦出現視線合

牛群検診

うまいなぁ検診車本日は晴天。一軒の酪農家で代謝プロファイルテストを実施。30頭の血液検査を行ない、その牛群全体の健康を検診します。牛群改良のポイントは牛のストレスを減らし、良質な草をいかに沢山食べさせるかにあるのです、が、口で言うほど現実は簡単じゃない。

今年はおかしいよ


診療車今日の雪は20センチ以下で済んだけれど、今年の十勝はおかしいです。往診先でも、こんな年末は記憶にないという話ばかり。


往診を一軒残す吹雪かな

羊はいいなぁ

毛布子牛なほ毛布の中で震へをり

学者と臨床家(4)

さらに加えて、牛馬を使った実験系を作るのは、医学の人体実験よりもずっと困難なのです。人体実験は、命にかかわるもの以外は、お金を出して被験者を募ることができるし、被験者達に実験の目的を理解させることは容易であります。しかし、牛馬の場合は飼い主という存在があります。彼らはは自分の大切な財産を実験に使われるのは強い抵抗がある。実験をしたくても彼ら飼い主を納得させるだけの予算もない(笑)。人医学と獣医学の予算の出所はまったく違うのです、人医学は厚生省、獣医学は農林省。人の命と牛馬の命は、その価値に雲泥の開きがあるのは言うまでもないことです。当然予算のほうも雲泥の違いが出てくるのは想像に難くないのです。

学者と臨床家(3)

獣医学に限らず、自然科学のデータというのは再現性が求められる。あなたの研究で出したデータの有効性を追試でもう一度確かめます、ということになる。マウスやウサギなどを使った実験データであれば、ほとんど同じ条件で追試を行うことが可能である。イヌやネコでもまぁかなり精度の高い追試はできるでしょう。しかしこれが牛や馬となると・・・実験用の牛馬をそろえるのは大変な設備と手間とお金がかかる。人手もすごくかかる、さらに高等な動物を実験動物にするとなると動物愛護の倫理にも引っかかってくる。
ある学者がAという薬品をA群の牛に注射したら牛が元気になったといっても、違うところで行う追試では薬品Aはあっても牛群Aを作ることはまず不可能に近い、気候風土の違う牛群BやCを使わざるを得ないのだ。ある薬が牛や馬にとてもよく効いたからといって、それを別の牛馬でやってみるとサッパリ、ということが臨床現場ではよくある。牛馬に関する獣医学術データというのは、マウスやウサギでのデータと違って、いかにアバウトなものか、ちょっと考えただけで解りますよね。
 

雪1雪2こういう日の往診もまた時間がかかる。雪が止んでしばらくすると、また北風が吹いてブリザード(地吹雪)になる。

依田明倫氏からの電話

踏む牛に割れぬ氷となりにけり
という私の句を依田明倫氏がこう評してくれました、「牛を詠んでいるのか氷を詠んでいるのか、もう少し対象に踏み込みなさい」と、そして添削句
踏み込んで牛には割れぬ氷なり
ううむ、さすがホトトギスの快男児?!明倫氏に感謝

ブリザード

ブリザード2ブリザード3こういう日の往診は時間がかかる
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