北の(来たの?)獣医師

北海道十勝地方で牛馬を相手に働く獣医師の最近考えていることを、 散文、韻文、漢詩 でつづったものです。

勝負?

二国の酪農と牛肉を、ごく大雑把に比較してみます。
 
N国:〇料費・・・粗飼料約60%自給、輸入濃厚飼料約30円/
   燃料費・・・軽油で約90円/ℓ
   人件費・・・最低で300万円/年(日本人に限る)
   さ軻の生産者売渡価格・・・約70円/ℓ
   サ軻の小売価格・・・ステーキ約1500円/200g
 
A国:〇料費・・・粗飼料、濃厚飼料すべて自給
   燃料費・・・軽油で約50円/ℓ
   人件費・・・約150万円/年(メキシコ人など外国人可)
   さ軻の生産者売渡価格・・・約40円/ℓ
   サ軻の小売価格・・・ステーキ約500円/200g
 乳房F1              

敵を知り己を知れば百戦危うからず、なんて言うけれど・・・

 

,砲弔い討蝋馘擇離妊さでN国のボロ負け。

▲┘優襯ーについて、A国は自国やその周辺地域に豊富に埋蔵量があるにもかかわらず、わざわざ遠い産油しか取り柄のない国をイジメつぶして、業界支配をもくろんでいる。A国は人道的に問題アリ。まぁ、N国もその子分になりつつあるわけだけれど、責任は普通親分の方が重いよね。

N国の社長や親方は従業員たちと一緒に飯を食べたり風呂に入ったり、家庭的な付き合いができるけれども、A国はじめ欧米諸国の社長や管理職の連中は、そんなことは絶対にしない。従業員達と人種が違えばなおさらのことで、その心の裏には差別があるのは明らか、A国にイエローカード。

そういう生産過程を経た結果が、い箸イ箸いΣ然覆砲覆襪里任后世界的に競争力のあるA国の畜産物(食品)はホントに安いけれど、その安さはどこから来るのか、畜産の科学技術の差などでは決してない、という事はちょっと考えてみただけで判りますよね。

ファストフード愛好者には、N国だってそういう強国の畜産と真っ向勝負をして生き残って行くべきだ、なんて言う人たちが居るけれど、こんなアンフェアな土俵でまともに勝負しろって?言う方がどーかしてるんじゃないの?そゆこと言うやつにはレッドカード!!

学者と臨床家(7)

引きこもりしている人みたいに、人間狭い世界でも暮らしてゆけるとは思いますが、私のような牛馬の獣医などをやってると、そんなわけには行かない・・・あたりまえか(笑)
まず患畜と向き合うことからはじまり、それと同じかむしろそれ以上大事な飼い主とのコミュニケーション。その家族とのコミュニケーション。農協や役場職員、家畜商(いわゆる博労)、削蹄師、飼料会社や薬品会社など、飼い主の周囲の方々とのコミュニケーション。家畜保健所や大学の獣医師とのコミュニケーション。これらのどこかに支障があると仕事がうまく行かないのが臨床家の仕事であります。
牛馬の病気が治るのは直接的には私ら獣医師の仕業ですが、それはそう見えているだけで、本当は上に挙げたすべての人たちの共同作業であるということをちゃんと知っていなければいけないのです。共同作業に必要なコミュニケーションは、相手の気持ちや考え方を認め理解することから始まる。
ところが、畜産界は此の頃やたらとグローバル化してきて、牛馬に対する考え方、特に一つの強大国の強引な考え方が日本古来の牛馬への接し方とはかなり違う形でドカンと入ってくるようになった、それも急激に。しかも、実際この考え方を認めて理解するっていうのがじつに大変なんですよ。
学問の世界は1+1=2で万国共通だからコミュニケーションをとりやすいけれども、臨床家の義理人情の世界というのは、国によってさまざまで、学問のような理論ではないから、感情的にどうも受け付けないということが頻繁に生じる。どうも某大国の人たちの畜産に対する考え方に違和感ありまくりな今日この頃なのです。某大国って何処だかは直ぐわかりますよね。具体的なことは、これから少しづつ書こうと思います、ハイ。

命のボーダーライン(2)

食用肉として殺した家畜の魂を鎮めるために、牧場や屠殺場の片隅に「獣(畜)魂碑」を建て、「獣(畜)魂祭」をとり行うのは、日本全国どこでもある風景でありますが、これは世界の中で、日本だけに見られることなのだろうか?それとも仏教国だけに見られる風景なのだろうか?キリスト教国では見られるのだろうか?
どなたか、詳しい方いたら教えてほしいなぁ・・・

命のボーダーライン

牛馬を健康にするために日々働いている私ですが、何のために彼らの健康を守るかといえば、もちろん人間のためであります。そのためには、時には健康な牛馬を殺して肉にもするのです。
このことに関して、とある食肉検査官氏の大変興味深いBlogがあります。
お互い獣医師同士で、この辺の考察を深め合って行きたいですね。

犬のふしぎ

何年も前から気になっていることなのですが。
犬の嗅覚って人間のそれより1000倍〜10000倍も鋭いと言われてますよね。
そんな犬たちが、他の犬のウンコをなめるように夢中になって嗅いでいる。
あんなことして大丈夫なんですかね?
 

初仕事は助産だった

 濡れ子                                                                 

賀客まで牛のお産を手伝ひぬ

謹賀新年

今年の抱負に代えて、私のお気に入りの歌
 
 夕されば小椋(をぐら)の山に臥す鹿の
           今夜(こよひ)は鳴かず寝(い)ねにけらしも
 
万葉集第九巻、巻頭の一首。「・・・いねにけらしも(もう寝たようだ・・・)」このフレーズに私はシビれているのです!!・・・ここまで詠める鹿への優しさ、古人の自然との一体感。この感性を何とか少しでもいいから受け継いで行きたいものです。
 
ちなみに、この歌の作者名は、泊瀬朝倉宮御宇大泊瀬稚武天皇(はつせあさくらのみやにあめのしたしらしめししおほはつせわかたけのすめらみこと)・・・覚えられっかよこんなの・・・

2004私的10大ニュース

。掲ぶり帰省、私に俳句を教えてくれた祖父の墓参り(1月)
通勤に徒歩を組み入れる(4月)
B子のSH中学野球部後援会副会長となる(5月)
そ銃鷸慊可掾腓韮化鬼崙院(6月)
デ魯好櫃硫饂ニ攀念観戦、競馬場で駒大苫小牧優勝を観る(8月)
λ務て蚕丹綮嫗膕餘藺衄表(9月)
В苅害麈仗誘┣饒換饌膕馥蛋入選(10月)
大とかち俳句大会初参加、この縁でNPO十勝文化会議会員に(11月)
俳句雑誌「みちのく」全国大会初参加(12月)
職場の575、漢詩、友の会十勝支部旗揚げ(12月)
 
祖父の墓参りのおかげで、文芸関係に良いニュースが多かったかな。ともあれ、やはり妻、子供、親が健康でいてくれたことが何より良かった。体調崩して家族に迷惑かけたのはのは私だけか(ゴメンナサイ・・・)

キモい。ウザい。

高2と中3の娘と中1の息子がいるんですが、まったくコイツら、特に上の2人の娘ときたら、私の顔を見ればウザいだキモいだって、まぁ確かに汚い仕事してますから・・・「気持ち悪い」のは分かるけど、「ウザッたい」という言葉は、私の若い頃なかったんで、未だにどーもよくわかんないなぁ。
 
 現金娘
我娘最近反抗期
無粋不潔父嫌遠
或時急変猫撫声
高価洋服店舗前

学者と臨床家(6)

プロダクションメディスン、ハードヘルスマネジメント、といった言葉が獣医学の領域に顔を出すようになり、今まで個体の治療ばかりやっていたいわゆる火消し獣医の私も、すこしづつ牛群検診などの生産獣医療を手がけるようになりました。この手の仕事で重要なのは、牛を個体として診るのではなく、牛群を一つの大きな生き物として捉え、各個体はそのパーツであると考える所なんですよね。100頭の牛群で年間3頭以下の牛の死廃ならば健康な牛群だ、というような言い方をする。牛が3頭も死んでるのになぜ健康なの??と思っちゃいけないのです。小動物医療の世界ではこんな言い方はありえないですね。犬群や猫群の一部は殺してもいいなんてことにはならない。これはむしろ、人間の危機管理に通じるものがあるんですよ。乗客100人の船が難破しましたが救命ボートが80人分しかない、さてどうするっていうやつ。これ、自然科学ではなく、人文社会学の分野だよね。
ある牛群の牛100頭を科学的に客観的に能力とリスクを評価して、20頭の淘汰を推奨したとします。それを飼い主が素直にハイと言ってそのとおりに淘汰するかといえば、絶対にそうはならない。飼い主の心の中には、能力はいまいちだけど思い入れの深い牛、お気に入りの血統の牛、リスクはあっても特にかわいがっている牛、というのが必ずいて、飼い主は淘汰牛の選択に苦渋し迷いに迷う。
自然科学は牛群を分析して精密な情報を提供することはできるのだけれど、その先の最終的な判断は飼い主の心、人情がすることなんですよ、そこの所に踏み込めるのは誰か・・・ヨッ待ってました(笑)これが臨床家なんだと私は思うんですよ。時には飼い主と酒など酌み交わしながら「あの牛もうそろそろ肉にしたほうがいいんじゃないの?」なんて話もするわけです。こういう所は大学の講義では出てこないかも。獣医学部の学生諸君!国家試験の勉強だけでなく人文社会学の勉強も忘れずにね。

らしくなってきた

今朝の気温は管内の陸別町で−26.5℃、わが町もそれに続く−24℃をマーク。川に近い所なら軽く−25℃は超えてるでしょう。天気は快晴。うーん、やっと十勝らしくなってきたね。
 
踏み出せば雪がモゴリと物申す
 
けあらしや熱湯流れゐる如し

じこった!!

他人の車とぶつかったのは学生のとき以来だから、もう20年ぶり。今日は珍しく寝坊して8時起き、にもかかわらずギリギリ出勤時刻に間に合えばいいやと余裕こいてゆっくりと飯を食い、車に乗る。フロントガラスはここ数日、朝は霜で真っ白になっているが、今日は時間がないので運転席側だけ霜取りをしたのがいけなかった。役場前の道をいつものように加速しようとしたとたん、左の駐車場から白い車の影が目の前をふさいだ、あー!・・・時速わずか15kmぐらいのマヌケな衝突でした。相手は35歳の女性、私の車を確認してなかったらしい、むこうもネボケ面で、なんとも情けない時間の無駄なトホホな事故だったですよ。事故った!まぁお互いケガもなくて良かったけれどね。
思えば私、過去自動車で警察におせわになった事といえば、あと1週間でゴールドカードへ更新というときのシートベルト義務違反とか、スピード10kオーバーでつかまってはじめてそのとき免許が失効してるのに気づいたとか、なんともウスラボケたものばっかり・・・妻にはアホと言われるし・・・もともと自動車の運転て好きじゃないんですが、今日ますます嫌いになってしまったなぁ・・・

テレビの吹き替え

ずっと前から気になっていることがあるのですが、テレビに出てくる外国人の日本語の吹き替え。インタビューなんかで外国人がすごくフレンドリーでなれなれしくしゃべってるでしょ、あれ本当にそうなのかなぁ。「ぼくは○○なのさ」とか「そうよ△△ね」という具合。
特に子供の吹き替えはスゴイですね。外国の子供がやたらとなれなれしい。日本の子供があんなコメントしたら、抗議殺到じゃないかな。テレビ局の人が勝手に、子供というのはこうあるべきだという価値観を作ってしまっている。というか、日本人の先入観がテレビ局をそうさせているのか。
さらに、国によっても微妙に違った色分けを感じる。一番なれなれしいのはアメリカ人、イギリス人はちょっと紳士に、ブラジル人はセクシーで情熱的、フランス人はなぜかエレガントで粋だ。これに対して東南アジア人のほうはみんな純朴な感じ。中国人や北朝鮮人はどこか固いしゃべりになってる。でも、本当はそんなことないでしょ?、テレビって怖いな。

学者と臨床家(5)

軽種馬農協のCEM(馬伝染性子宮炎)浄化対策会議の後、JRA総研のA先生ら数人と帯広の町へ繰り出しました。A先生とは1992年の腺疫の日本再上陸のときからの縁(私はじつはその時の腺疫の第一報告者なのですよ)。久しぶりに骨のある獣医学者と馬の感染症について話しをすることができた。
学者は病気の診断や治療のプロセスを重視し、飼い主の気持ちを軽視してしまう傾向がある。これに対し、臨床家というのは極端な話、誤診であってもとにかくその病気が治癒さえすればよいと考え、飼い主の意向と結果を重視し、診断や治療のプロセスを軽視しがちである。A先生曰く、どんな症例でも現場の臨床家がまず記録をちゃんと残してくれることから始まる、そこから学者の研究が始まり、それを体系づけて次の症例に役立てることができるのです、と。骨のある学者ほど、現場の臨床家を大事に考えてくれているのだなぁとつくづく思った。
クリスマスイブの夜にこんな話で盛り上がって、私の子供達はもう皆中学生以上だから親父が家空けてもいいけれど、A先生のお子さんはまだサンタクロースを信じている年だそうで、夜空を見上げた顔がちょっと可哀想でありました。

シーズン

昨日はうちの診療所の忘年会、明日は軽種馬農協の懇親会、あさっては息子の部活の父さん達で朝からビールをやりながら餅つき大会、29日はチームミゾッチの忘年会、30日はうちの店の忘年会・・・町内の牛馬たちよ!どうか健康でいておくれ・・・
 露 出

昨夜痛飲息芳香

乾喉飲水貯膀胱

大量放尿納屋角

農婦出現視線合

牛群検診

うまいなぁ検診車本日は晴天。一軒の酪農家で代謝プロファイルテストを実施。30頭の血液検査を行ない、その牛群全体の健康を検診します。牛群改良のポイントは牛のストレスを減らし、良質な草をいかに沢山食べさせるかにあるのです、が、口で言うほど現実は簡単じゃない。

今年はおかしいよ


診療車今日の雪は20センチ以下で済んだけれど、今年の十勝はおかしいです。往診先でも、こんな年末は記憶にないという話ばかり。


往診を一軒残す吹雪かな

羊はいいなぁ

毛布子牛なほ毛布の中で震へをり

学者と臨床家(4)

さらに加えて、牛馬を使った実験系を作るのは、医学の人体実験よりもずっと困難なのです。人体実験は、命にかかわるもの以外は、お金を出して被験者を募ることができるし、被験者達に実験の目的を理解させることは容易であります。しかし、牛馬の場合は飼い主という存在があります。彼らはは自分の大切な財産を実験に使われるのは強い抵抗がある。実験をしたくても彼ら飼い主を納得させるだけの予算もない(笑)。人医学と獣医学の予算の出所はまったく違うのです、人医学は厚生省、獣医学は農林省。人の命と牛馬の命は、その価値に雲泥の開きがあるのは言うまでもないことです。当然予算のほうも雲泥の違いが出てくるのは想像に難くないのです。

学者と臨床家(3)

獣医学に限らず、自然科学のデータというのは再現性が求められる。あなたの研究で出したデータの有効性を追試でもう一度確かめます、ということになる。マウスやウサギなどを使った実験データであれば、ほとんど同じ条件で追試を行うことが可能である。イヌやネコでもまぁかなり精度の高い追試はできるでしょう。しかしこれが牛や馬となると・・・実験用の牛馬をそろえるのは大変な設備と手間とお金がかかる。人手もすごくかかる、さらに高等な動物を実験動物にするとなると動物愛護の倫理にも引っかかってくる。
ある学者がAという薬品をA群の牛に注射したら牛が元気になったといっても、違うところで行う追試では薬品Aはあっても牛群Aを作ることはまず不可能に近い、気候風土の違う牛群BやCを使わざるを得ないのだ。ある薬が牛や馬にとてもよく効いたからといって、それを別の牛馬でやってみるとサッパリ、ということが臨床現場ではよくある。牛馬に関する獣医学術データというのは、マウスやウサギでのデータと違って、いかにアバウトなものか、ちょっと考えただけで解りますよね。
 
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