カーラジオからなつかしいカーペンターズの歌が流れてきて思わず聞き入っていた

「イエスタディワンスモア」が日本で大ヒットしたとき私は中学1年生、家の近くのとある書店で聞いたこの歌のサビのフレーズを思い出すと、その書店の本の印刷の匂いまでよみがえってくるようだ、私の青春時代が始まろうとしていたのですよ、懐かしいなぁ

同じ部活(バスケット部)で補欠同士で仲の良いN賀というヤツがいたんですが、それがなかなか趣味の良い音楽ファンで、自らヘタクソなピアノを弾きつつ、ビートルズやカーペンターズのナンバーを歌ったり、わざわざデカいラジカセを自転車のかごに入れて登校してきて、「おい安田、スーパースターって曲いいぞ」とかいって一緒にカセットテープを聴きながら登下校したことを思い出すのです

そのN賀がある日、カーペンターズが静岡に来るんだと興奮しながら、コンサートに一緒に行こうと誘ってくれた、1974年の日本ツアーだったんだね、中学2年生の男の子二人でカーペンターズのコンサート見たなんて、今思うとなかなかのガキだったとも言えますが(笑)、このコンサートで一番印象に残っているのが、カレン・カーペンターなんです、レコードのジャケットや歌声だけ聴いていたら、流暢な歌をしっとりと歌い上げるとても女っぽい人かと思っていたのです、が、実際の彼女の舞台を見てみたら、何が何が、ステージで踊りまくるわ、アップテンポにあわせて太鼓をたたきまくるわのノリノリなヤンキー娘だったんですよ、その時の私は彼女のしおらしい歌声を期待していたので、ちょっと期待はずれというか、イメージにギャップがあったことを良く覚えています、それとジャケットの写真よりも実物が痩せていたのも・・・でもあれがアメリカのエンターテインメントだったんだなぁと今も思ってます

カレン・カーペンターはそれから何年かして、親や兄からの精神的プレッシャーなどから拒食症になり亡くなってしまうのですが(享年32才)・・・ちょっと無理して元気に振舞っていたのかもしれないね