朝いつものように診療所へ出勤したあと、我が家に電話がかかってきたらしい。昼に帰宅したとき、妻がそのやりとりを再現して見せた。

「あーもしもし安田さーん?」

「はい、そうですが。」と、妻。

「先生もう行ったかーい?」

「はい、もう行きましたけどー」

「あっそーか、行ったか、ふーん、で、どこに行ったの?

「・・・」 妻はなんだか会話がちぐはぐで、ガクッときて噴き出してしまったらしい。

誰かもわからず、そのまま終わってしまったそうだ。なんてトボけたおじさんなの?と妻は笑っていたが、私はそれで察しがついた。

朝その時間くらいに、診療所の私のところへ馬飼いのHさんから電話が来ていたからだ。内容は、子馬が生まれたけれど臍から出血が止まらないので縛ったのだが、それでいいだろうかという内容の電話だった。

「縛るならきれいに短く縛らないとバイ菌が付き易いから気を付けて、血が止まったならとりあえず様子見て。」と口だけのアドバイスをしたら、

「おおそうか、うん、わかったわかった。様子見てみるわ。」とHさん。

もうかれこれ50年近くも馬の生産をしているHさんが、臍出血くらいであわてるはずも無いのだが、Hさんはよくこういう電話をかけてくるのだ。もう一度電話が来たら今度は往診に行かねばならなくなるかと思うが、今年もまず9割方なんともなくこれで終わるだろう、と私は思った。

これはなんというか、子馬の症状に不安があるというわけでもなく、一種のクセというか、Hさんの仕事のリズムなんだね。そのリズムに私がたまたま合いの手を入れているだけなのである。わが町にはこういう愛すべき面白いおじさんが、まだ頑張って畜産をやっているのだ。

まぁ、一種の春の風物詩なのである。