「文科系における言葉万能および理科系における物的証拠万能に頼るだけではなく、すべてを脳全体の機能へあらためて戻そうとする試みである。だから『唯脳論』なのである。」

と、養老氏は言う。

「医者は大体、理科と文科の間に挟まって往生するものである。両者をどう結合したらいいか。そこで脳にたどりつく、というのが、この本を書いた私の動機である。」

と、養老氏は言う。

医者ではなく、獣医師はどうだろう。

「獣医師は科学者であれ」という言葉が、我々の間で肯定的に受け取られている現状からすると

獣医師は、理科と文科の間に挟まって往生しているのではなく、理科の物的証拠万能に大きく傾き、それになんの疑いもなく頼っている状況が見えてくる。

往生するどころか、大手を振って理科学理論を吹聴しているようにさえ見える。

獣医師はそれでいいのだろうか。

私は、唯脳論はじめ3冊を読んでそう感じた。

実際仕事をしていると、物的証拠万能な科学的思考のもとに

反論の余地がないようなデーターが示され

それを基にした方法で、家畜が飼われている。

そんな飼養方法についてゆけない家畜たちは

もがき苦しみ、治療を施してもなかなか治癒せず、予防をしても限界が有り

おびただしい数の家畜が、淘汰されてゆく。

「医者は科学者であれ。」などとは、あまり言われることがない。

そんなことを言ったら

おそらく、よい顔はされないだろう。

「獣医師は科学者であれ。」という言葉を

家畜たちが理解できたら

いやな思いをするかも知れない。

彼らにだって、小さいながら、立派な脳があるのだ。

彼らが今、求めているものは、何なのだろう。

科学理論は十分に与えられているだろう。

でも彼らは

愛情に飢えているのではないだろうか。