DVC00258湯呑みとカップの違い。

どこがどう違っているのかという所を、もう少し考えてみると

以下の3点が、浮かび上がってくるのではないかと思う。

すなわち

1)  形態の単純さ。

  その形が、カップよりも湯呑みのほうが、よりシンプルである。

2)  機能の多様性。

  その機能は、カップはほとんど熱い飲み物を口に運ぶ、という機能に徹しているのに比べ
 
  湯呑みには、それを持つ手を温める触覚的機能や

  緑茶を飲む人に対して、湯呑みの由来やデザインなどで楽しませる等という付加機能が

  カップよりずっと多く付きまとっている。

  湯呑みには、きっと茶道の影響があるに違いない。

3)  使いこなすための習練。
 
  幼児に飲み物を飲ませてみれば解ると思うが、幼児が温かい飲み物を飲む時は、カップを使う。

  マグカップなどを使って、ミルクを飲んだり、流動食を飲んだりする。

 DVC00259 幼児が、いきなり湯呑みを持って、お茶を飲んだりはしないだろう。

カップを使って呑む行為よりも

湯呑みで物を呑む行為のほうが

習練が必要なのは明らかだ。

湯呑みを使いこなすには、習練が必要なのである。

「湯呑みでお茶を呑む」という行為は

「カップでコーヒーやミルクを飲む」という行為に比べると

ずっと大人(オトナ)の行為なのではないだろうか。

さらに

このことは

湯呑みに限らず

箸とフォークの比較でも、同様だ。

1) 形態は、誰が見ても、箸のほうがシンプルである。

2)  食べ物を刺して運ぶのがメインのフォークに比べて、箸は挟む、刺す、切るなど

  その機能は、誰が見ても、箸のほうが多様である。

3)  フォークの使い方よりも、箸の使い方のほうが、習練を要することは

  誰の目にも明らかである。 

さらに

食器に限らず、この違いは

いろいろなものに見られるのではなかろうか。

遊具や玩具

たとえば、正月用の凧や羽子板なども

洋凧やバドミントンに比べると、この傾向にあるだろう。

また

文芸の詩歌などにもこの傾向が見られるのではなかろうか。

たとえば

手前味噌になるが、俳句を例に取れば

1)  形態のシンプルさは、世界一。

2)  機能としては、文壇内に止まらず、庶民生活のあらゆるシーンで登場しやすい多機能文芸である。

3)  俳句を詠むのは、単純なるがゆえに約束事も多く、散文を書き散らすよりも、習練が必要である。

まぁ、つまり

俳句は、散文よりも

大人の文芸なんだろうなぁ・・・(笑)

(ちょっと強引かな・・・?!)

ともあれ

「湯呑みで緑茶を呑む」 という行為は

「カップでコーヒーやミルクを飲む」 という行為よりも

大人(オトナ)の行為なのではないか

という私の論旨を

解っていただきたかったわけです・・・

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