お産にまつわる診療は、突然にやってくる。

その性質上、当然ではあるが・・・

今日の午前中

最後の往診先で、仕事の追加があった。

「あの牛ちょっと診てくんないかな、予定日まであと一週間なんだけどさ、外で産んだみたいなんだよな、陰部から血が出てる・・・」

と、Я牧場の父さん。

「・・・でも、仔牛がどこにも居なくて、見つからないのよ。・・・ちょっと、こいつの腹に手を入れてもらえんべか・・・」

そう言われて、手を入れてみた。

「・・・あ・・・まだ・・・入ってるよ・・・でもこれ・・・なんかもう、死んでるねこれは・・・」

抜いた手から悪臭が漂った、どうやら気腫胎になっているようだった。

「出すしかないねこれは・・・引っ張る道具ある?」

「滑車あるぞ。」

「じゃ、それ持ってきて、俺もカッパ着て準備するから。」

私は、悪臭悪露との戦いを覚悟した。

羊水はもうほとんど赤褐色の悪臭悪露に変わっていた。

胎児の頭を忘れないように、助産器(ヘッドループ)を後頭部にかけて、前肢2本とともに牽引した。

ところが、途中ロープの張力が落ちて、ずぶずぶっと胎児がちぎれて、頭と肢だけが出てきた。

産道には、胎児の背骨(脊椎)がむき出しになっていたので、次にそれを牽引したら

肋骨がばらばらとちぎれかけて付いて出てきた。

腰骨(寛骨)と後肢に触れるようになったので、それをさらに牽引して娩出。

最後に、もう1本の後肢を牽引して出し

分解ばらばらの気腫胎児の娩出が終了した。

なかなかエグイ難産介助だった。

産科道具を洗って片付けて、カッパを脱いで

親牛の治療に取り掛かった。

抗生物質をブドウ糖に解かして輸液をし、悪臭悪露が多いのでオキシトシンもその中に入れた。

輸液ボトルをЯさんの父さんに持っててもらって

注射をしながら、抗生物質のタブレットを子宮の中へ挿入した。

「・・・!」

タブレットを子宮の中へ置こうとした右手の先に、硬いものが触れた。

「あ・・・これは・・・あー・・・もう一匹入ってるよ・・・いやー・・・もう1回やらないと・・・」

「ほんとか?・・・じゃ俺、このまま注射持ってるから、また準備してきたらいい。」

私は車に戻り、新しいカッパと手袋をつけて、再びバケツと道具を準備した。

注射が終わってЯさんも、再び滑車を準備した。

手に触れた後肢1本をまず牽引

腰骨に触れるようになったので、その骨の窪みに指を掛けて肢と共に牽引し

続いて、途中でちぎれた背骨を牽引したら、肋骨がばらばらと魚のように付いて出て来た。

肩と前肢が産道へ乗ったところで、チェーンを掛け直して残りの肢1本を牽引し

最後に残った1本の前肢と頭部をもろともに牽引して

ようやく、2匹目の気腫胎児をすべて娩出させた。

「いやー、俺20年以上この仕事やってきたけど、こんな気腫胎の双子は初めてだよ。」

私は、道具を片付けながら言った。

そこへ、Яさんの奥さんが帰ってきた。

「例の牛、排卵してましたか?」

「え?、あ、その牛はね、まだ診てないんだわ(苦笑)」

と、私。

「それどころじゃ無かったんだって、おまえ(笑)」

と、Яさん。

二人は、思い出したように、当初の診療予定だった牛の排卵確認へ向かった。

DVC00109
診療所へ戻ったのは、午後2時前。

出来るだけ悪臭悪露が付かないように仕事をしたつもりだったが

戻ってみると、やはり強い匂いが着衣に付いていた。

肌着以外を全て着替えて

カッパ2着と作業着を洗濯機に突っ込み

両腕と顔を丹念に洗った。

昼飯の時間はとっくに過ぎていたが

腹が空いて来るまで

しばらくの時間が必要だった・・・

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