これもまた、和牛の話。

昼からの往診の中に、和牛繁殖家の●さんの仔牛の下痢の治療があった。

カルテを見ると、10日齢の雄仔牛、今朝の5時頃に下痢で起立不能。

同僚のO獣医師が今朝、緊急往診の初診で点滴(輸液約3リットル)等の治療をしていた。

症状の記載には、起立不能、放頚、眼球凹没、水様下痢、口内四肢冷感、哺乳欲無し・・・

と、重度の腸炎症状である。

●さん宅に到着すると

独房の片隅に仔牛がげっそりとした表情で横臥していた。

「あ、これですね。」

「そうなのよ、いやぁ、今朝はもう死んだかと思ったさ・・・でも、やっと頭あげるようになったな・・・」

「でも、まだ、口も足も冷たいままだから、これは又点滴しないとだめですね。」

「ああ。乳は飲もうとするようになったみたいなんだが・・・」

私は等張リンゲル糖と重曹の点滴を準備した。

「少し元気になると、点滴している間に暴れたりするから、頭と足、ちゃんと縛ってね。」

「ああ。なんかこいつの親、乳が張って、うるさいんだよな。」

「親も縛っておいたほうがいいですね。点滴ボトルとか舐めたりしちゃうから。」

「ああ。そっちに縛っとくか。」

私は仔牛の静脈に留置針を刺し

午前中のO獣医師とほぼ同様の点滴を仔牛にセットして、ドロップを開始した。

「どれ位時間かかるの?」

「今朝と、同じくらいですね。4〜5時間てとこかな。」

そう言って、私は●さん宅を後にした。

   *    *    *

翌朝

当直だったH獣医師が帰ってきて言った。

「そういえば、安田さん昨日の午後、●さんの仔牛に点滴打ちましたよね・・・」

「うん。・・・どうしたの?」

「今朝、また●さんから早くに電話が来て・・・」

「まだ、良くなってないの?」

「はい。・・・それも、死にそうで・・・」

「うわ。そっかー。」

「それが、昨日の夜●さん、点滴を途中で外しちゃったらしいんですよ・・・」

「なにー?!。なんで??」

「かなり元気になったからって、点滴終わらないうちに、親の乳飲ませようとしたみたいなんです・・・」

「そんな・・・。」

「まだ、輸液ボトルが半分以上も残ってたんで、それも全部入れますからって言って、やり直してきたんですけど・・・もう、死んだような眼してましたよ・・・」

「まいったなー、そんな・・・かってに抜くなよなー。そういえば●さん、親の乳が張って張って・・・ってしきりに言ってたなー・・・。」

「そうなんですか。」

「でもまさか、途中で抜いちゃうなんてなー・・・。」

生後1週間程度の重篤な仔牛の下痢は、アシドーシスと脱水が混在している。

重曹の投与によりアシドーシスが改善されると、吸乳反射が出現し乳を飲み始めるが

循環血液量のほうはそう簡単には戻らず、沈鬱や下痢は残っていることが多い。

前日から比べると、格段に改善したように見えるので

もう大丈夫だろう、と判断して治療を中止してしまい

その後、また症状がぶり返して、治療がさらに大変になり

腎障害などを併発して、長期にわたってしまうことがある。

今回も、まさにこのパターンである。

しかも

獣医師の仕掛けてきた点滴治療を、畜主が勝手に中止してしまった。

     *    *    *

朝の受付時間になり

H獣医師がやってきて言った。

「●さんの仔牛、死んじゃったそうです・・・」

「・・・そっか。・・・うーん・・・。まいったな。」

どうして

かってに針を抜いてしまったのか。

●さんも、親と仔牛の状態などを観察して

いろいろ事情を考慮したのかもしれない。

私も、もう少しちゃんと、仔牛の状態を説明して

勝手な判断をしないようにと、念を押してくればよかった。

あまり往診に行かない家なので、説明不足があったかもしれない。

悔しさと

情けなさの残る

後味の悪い症例になってしまった。

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