「昨日の夜診てもらった牛、まだ調子が悪くて・・・」

Иさんの牛は、分娩後2週間して昨夜急に乳を出さなくなった。

昨夜の時点では、乳汁中ケトン体も(−)、ピング音も(−)で、第一胃の動きが微弱だったので

普通の第一胃食滞であろうと考え、その処置をして終わった。

今日になってその牛をまた診てみると、全く良くなっていなかった。

「便が出てないみたいなんだよね・・・」

直検をすると、乾いた宿糞がわずかに有り、あとは粘液ばかりであった。

右けん部のほうを探ると、なにやら気腸した腸管らしきものに手が届いた。

そこを外から聴診してみると、見事なピング音を聞くことが出来た。

そのピング音の聞こえる範囲は、ほぼ右けん部に限定していた。

「うーん、これは・・・きっと盲腸捻転だろうね・・・手術しましょう。」

(また、盲腸か・・・先週手術したばかりなのに・・・ずいぶん当たるな・・・)

そう思いながら手術の手配をして、帰路についた。

午後からの手術は、同僚の新人H獣医師も手術班だったので

なかなかお目にかかれない盲腸捻転の診断と治療を教えるため

開腹手術を一緒にやることになった。

H獣医師に右けん部のピング音を聞かせて

「この範囲だけで聞こえる音は、きっと結腸か盲腸のガスだと思うよ。」

と言い

次に、直検をさせて

「便が全然来てなくて、粘液ばかりでしょ。盲腸捻転で間違いないと思うよ。」

と言い

次に、牛を横臥させ

確信を持って右けん部を切開して、腹腔を探った。

その切開部からは、パンパンに気腸した盲腸が

飛び出てくるはず

だった・・・

「・・・。」

「・・・?」

「あれ・・・盲腸なんともないぞ・・・空っぽだ・・・」

「・・・?」

なんと、盲腸は空虚でぺしゃんこ。

そのまま、前方を探ると

大きく気腸した結腸のような膨らみに触れた。

「これか・・・これは、結腸かな・・・まさか四胃じゃあないと思うけど・・・穿刺してみるからインジェクター持ってきて。」

私はそう言って、この膨らみにインジェクターの針をし差し入れた。

出てきた気体の匂いは、腐敗臭を帯びた糞便臭がした。

「この匂いは・・・やっぱり腸だよな・・・四胃では・・・ないよ・・・な・・・?・・・」

そう言いながら、私は予想外の展開を前にして

自分の言う事に自信が持てなくなっていた。

とにかく、この創からのアプローチでは、この気腸と変位は直せないので

右けん部を一度閉腹し、右傍正中切開から新たにアプローチすることにした。

右傍正中を先ほどの倍の長さに切開し、手を入れた。

「これは・・・な・・・なんだ、やっぱり四胃かよ・・・」

「・・・?」

創口には、液体内容をたっぷりと溜め込んで重く膨らんだ第四胃が押し寄せてきた。

創口から出した四胃を切開し、バケツ一杯(約20リットル)の液状内容を排出させた。

四胃を繕って、固定しようとしたら

なにか、いつもとは違う小児頭大の腫瘤物に触れた。

DVC00427その腫瘤を創口より出し、穿刺してみると

それは、大網にできた大きな膿瘍だった。

その膿瘍を鈍性に剥離して摘出し

あとは、四胃変位の処置をして

DVC00425ようやく閉腹。

一時間半にわたる、長い手術だった。

しかも、当初の診断がまったく外れた予想外の展開

手探りの手術。

DVC00424新人のH獣医師に、盲腸捻転の経験をさせようという私の思惑は

木っ端微塵に粉砕されてしまった。

結局は、第四胃食滞。

それを盲腸捻転と誤診したのだった。

まあそれはそれで、H獣医師の勉強にはなっただろうけど(苦笑)

さらに、膿瘍摘出のオマケまで付いて

なんとも、カッコ悪く

疲労感の強い手術になってしまった。

私自身も、もちろん

いい勉強になりました・・・


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