「2日前から排尿が確認できない・・・」

そんな稟告が来たのは、その日の午後だった。

ベテラン肥育家の⁂牧場からだった。

しばらくしてから、往診に行った同僚獣医師から連絡が入り

直ちに、緊急で尿道切開術をすることになった。

2日前から排尿がないとなれば

ゆっくり様子を見るわけには行かないだろう。

さっそく数人のスタッフで手術の準備をし

牛が運ばれてくるのを待った。

執刀は同僚のF獣医師。 

尿道切開手術は淡々と進み

創口から尿道が引き出された。

image「なんだかジャリジャリしたものが詰まってるようですね・・・」

そういいながらF獣医師が尿道を切断すると

切断面から僅かな尿と、細かなザラメ状のクリーム色の結石が飛び出した。

2枚目の写真は

切断した遠位の尿道の一部を10センチ程切り取ったもの。

image見事な結石である・・・しかし

この部分を切り取っただけで、牛の尿閉が開通する保証はなく

手で探索してもこれ意外の場所に触れる事はできなかった。

「奥の方もこんな石がずっと溜まってるかも・・・」 

カテーテルを挿入し、それを出し入れしながら

尿道の開通には半信半疑のF獣医師だったが

これ以上の事はできないという事で

新たな尿道口を作りつつ、縫合となった。

抗生物を打ち、牛は帰っていった。 

翌日

血液検査により、BUN(血中尿素窒素)は75(mg/dl) 

正常値は8〜20(mg/dl) だから、約4倍だった。

昨日よりは、表情が若干よくなったと⁂氏は言うが

回復にはまだほど遠く

食欲は廃絶、飲水はあるものの、水様の下痢をしている・・・

ただ、尿は出ているという。

抗生物質を打ちながら様子を見つつ

術後5日目。

血液再検査により、BUN(血中尿素窒素)は100.9(mg/dl)に上昇した。

食欲はいぜん廃絶、飲水のみ、水様下痢・・・

「・・・ダメか・・・」 

我が診療所の獣医師の意見がほぼ一致した。

その4日後の術後9日目は

私が⁂牧場へこの牛を診に行った。

症状が良くなければ、廃用の診断書を書くつもりだった。

すると・・・

「なんか今日はね、ずいぶん気分良さそうにしてるんだわ。」

と⁂さんが言った。

「なんぼかだけど、餌さ食ったよ。下痢も止まったようだし。」

「ほんとに・・??」

私は思わず、そう言って

もう一度採血し、排尿している所の写真を撮った。

image「結構勢いよく出るねぇ。」

「このまま良くなってくれるといいんだけど・・・」

その3日後の術後12日目。

血液再検査により、BUN(血中尿素窒素)は45.6(mg/dl)になっていた。

食欲は僅かにあるまま平行線で

排尿も認められた・・・

「・・・ひょっとして・・・治るかも・・・」

我が診療所の獣医師の雰囲気が少し変わってきた。

その3日後の術後15日目。

かすかな希望を胸に抱き

私は⁂牧場の牛舎に入っていった。

⁂さんが牛舎の奥からこちらに向かってやってきた。

「安田さん。」

「その後・・・どう?」

「あのね。」

「・・・?」

「昨日から、また全然食わなくなっちやって。」

「・・・え、そうなんだ。」

「歩くのも、もう何だかフラフラで、今にも倒れそうでね。」

「・・・うーん・・・」

「2週間以上なんとか頑張ったけど、ちょっと、もう・・・」

「・・・ダメかあ・・・」

「うん。寝まられたら困るし、諦めるわ。」

「・・・うん、分かった。」

かすかな希望は

あっさりと打ち砕かれ

私は診断書(病畜処理指示書)を書いたのだった。

後日、解剖結果は

膀胱の破裂、と一言、記されていた。

image






 人気ブログランキング