北の(来たの？)獣医師

北海道十勝地方で牛馬を相手に働く獣医師の最近考えていることを、散文、韻文、漢詩でつづったものです。

2014年06月22日00:00

自分がもし牛だったら・・・（3）

カテゴリ: 牛の診療; 動物の生と死

6月17日の道新の記事の中にこういう記述がある。

『家畜福祉とは、家畜を「単なる農産物ではなく、感受性のある生命存在」と位置づけ・・・』

自分がもし牛だったら・・・

この記事内容に対して、どんな反応をするだろうか。

牛というのはおおかた従順で温厚だから

こういう考え方に対して

『我々のことを感受性のある生命存在として認めてくれて、大変ありがたい！』

と思って、大人しく餌を食べていそうだが

中には

この内容に腹を立てて

『何よそれ、俺たちは元々、感受性のある生命存在に決まってるでしょ。いったいいつから「単なる農産物」にされてしまったの?』

と言って吼えまくり

暴れだす牛もいるかもしれない。

道新の記事は、さらにこう続く。

『家畜福祉とは・・・、①飢えと渇きからの自由　②不快からの自由　③痛み、傷、病気からの自由　④通常行動への自由　⑤恐怖や悲しみからの自由　ーの五つの自由に基づき、家畜の健康増進を目指すものだ。』

私がもし牛だったら・・・

どんな反応をするだろうか。

こういう考え方の提唱に対して

『大変ありがたい、よくぞ提唱してくれた！』

と多くの牛たちが思って納得して、餌を食べていそうだが

中には

この内容に対して腹を立てて

『五つの自由?、何それ。誰がわざわざこんなものを決めたの、そんなこと当たり前でしょ。ていうか、俺たちの自由ってそれだけなの?。』

と言って吼えまくり

暴れだす牛もいるのではないか

という気がする。

ともあれ

家畜福祉（アニマルウェルフェア）という考え方は

20世紀終りにイギリス政府が作った農用動物福祉審議会という所で提唱されたものらしく

この「五つの自由」を実現することを理想としている。

この考え方はさかのぼって

19世紀のイギリスの労働者保護運動そっくりだと言われている。

イギリスではそれが社会主義的な政権の力と結びついて

福祉国家が誕生した。

今日のイギリスのアニマルウェルフェアの認証制度も

それに習って実現されているようだ。

それは

きわめて西洋人的な思想と文化から生まれてきたものである。

それに対して

東洋の思想と文化の土壌で培われてきた日本の畜産に

この西洋の文化から生まれた家畜福祉の思想が

はたして

どれほど理解され

どれほど定着するのか

私は大いに疑問を抱いてしまうのである。

内容は大変良いことを言っているのに

どこか違和感を感じるのは

どうも

西洋と東洋の思想文化の違いが

背景にあるからではないかと私は思っていて

その違いを埋めるのは

なかなか簡単なものではないだろう

という気がするのである。

（この記事続く）

コメント一覧 (14)

- 1. モウエサ
- 2014年06月22日 09:35
- 仏教的な思想なのでしょうか。日本は古来『殺生』と
  言う言葉を重んじて来ました。特に四つ足動物に対し
  むやみやたらに殺すのはご法度でありました。
  牧畜は西欧食文化の骨頂なんでしょうけど
  やはり「むやみやたら」では成り立ちません。
  ＢＳＥ以来、安易に牛を殺してしまうケースが
  増えたのも政策の影響だと思います。
  口蹄疫のおりも福島原発のおりも死んで頂いた
  牛達には気の毒であった言うしかありませんが
  一般にはそうでない思いの方々もいたと聞きます。
  殺すこと自体残虐だと。
  ギョーカイかギョーカイでないかで牛への思いは
  イロイロです。
  そう言えば「牛が可愛い」の思いでこの世界に
  入って来られたうら若き獣医さんが牛にこつかれて
  恐怖を覚え、このギョウーカイを去った方が
  いました。男と女、牛への思いもイロイロです。
- 2. Cowboy@ebino
- 2014年06月22日 10:08
- この話、家畜ですから、あくまで、人が飼うという前提があってのことなんですよね。だから、「自由」などという言葉を用いている。（原文は知りませんが）
  人が考えた概念で牛が生きている（喜ぶ）とは思えません。
  
  それに、
  ①飢えと渇きからの自由
  ②不快からの自由
  ③痛み、傷、病気からの自由
  ④通常行動への自由
  ⑤恐怖や悲しみからの自由
  は最低限のレベルだと思います。
  仮にこれらすべてを満たすことができ、家畜の健康増進が達成されたとしても、これだけでは、生業としては、（抽象的な表現ですが、）「中の下」程度にしかならないと思います。
- 3. 豆作
- 2014年06月22日 12:37
- ＞モウエサさん
  ギョーカイの中に居るヒトは
  とにかく利益を得ようとして
  いろいろな事に必死で挑戦していると思います。
  この動物福祉という考え方の導入も
  生産物を従来のものと差別化する手段として
  やはり自分の利益を得ようとしているにすぎないのではないかと思います。
  それらのヒトの心の深層の倫理観は
  従来の日本人の培ってきた東洋的な倫理観であって
  畜魂碑や馬頭観音を祀って慰霊祭などをしないと
  気が済まないのだと思われます。
  昔に比べてギョーカイと非ギョーカイとの距離が
  離れて行く事に私は危機感を持っています。
  「牛が可愛い」という人たちが
  ギョーカイ「内部」で、もっと頑張ってゆく必要があると思います。
- 4. 豆作
- 2014年06月22日 12:51
- ＞Cowboy@ebinoさん
  この「五つの自由」の提示は
  私はどうしても、上から目線を感じざるを得ません。
  かつての特権階級（プルジョア）から労働者階級（プロレタリア）への目線が
  この場合は畜主（ヒューマン）から家畜（アニマル）への目線に置き換わっているだけで
  そこに明確な断絶があるのを感じざるを得ません。
  この断絶がいかにも西洋人的で
  断絶のない対等な目線で動物を見る東洋的倫理の国に
  この「五つの自由」を持ち込むのは
  違和感があるなと私は思っています。
- 5. モウエサ
- 2014年06月22日 19:50
- 可愛い＝慈しみ＝手間を掛ける＝プラスの経済効果
  
  取引先農場で分娩中の牛がいたりとか子牛が
  柵などに首を決められ身動きがとれない状態に
  出くわすと農家さんや担当従業員に携帯します。
  農家さんは面倒くさそうに出て来てリカバリーして
  くれますが従業員さん達は「休憩中です」と
  出て来ないことがほとんどです。
  その場合はオーナーへ携帯します。
  
  ある農場でジャージーが増え過ぎ、♂の引き取り手が
  ないため獣医との相談の上、安楽死させる事に
  なりました。
  可哀想に思い場外（関係社外）の私はタダなら引き取って
  くれる家畜商を捜し出し、オーナーを説得しました。
  その後ジャージー♂の引き取りを拒否した家畜商が
  「あいつと取引しないでくれオレが何とかするから」と
  引き取ってくれるようになりました。
  
  子牛が連続３頭出生後２日以内で下痢症で死ぬ事故が
  ありました。子牛に点滴をしない獣医のため
  出生後すぐカーフハッチへ出してくれと
  お願いしました。正常牛の隔離です。
  その後獣医オススメ消毒薬とやらで出生まもない
  子牛を死のパドックへ入れ始めました。そしてまた
  ３頭斃死。またもや正常牛の隔離をお願いする事となり
  隔離後死亡牛は出ていません。
  じつはこの農場は直前に４頭初妊を導入しており
  その導入先でも下痢症が出ていました。
  導入先農場は自動哺乳器を使っており下痢症には閉口して
  いました。ここへも正常牛の隔離を助言していましたが
  面倒であるため拒否され続けていました。
  最近この農場も、もとあった古い子牛小屋を片付け
  床の入れ替え消毒後、１週令まで哺乳して
  自動哺乳器へ移動させると下痢症が激減しました。
  何頭も死なせて私の説得力のなさを痛感するだけです。
- 6. べと
- 2014年06月23日 06:43
- 「と言って吼えまくり　暴れだす牛も」
  
  こんにちはー！
  家畜診療所ですー。
  
  Tさん、この牛ですか？
  あー。。。なんかわめいてますねぇ。。。
  あ！なんだか怒ってますね！目が！特に！
  あれあれ？鉄パイプなんか、齧って！
  異常行動ですねー
  乾草ちょっと残ってますねー。
  青々として、おいしそうに見えますけどねー
  
  最近どうですかー
  ほかにも怒っちゃう娘、いますか？
  あー、やっぱりいますかたまに。。。
  
  点滴。。しときますか。。。
- 7. 豆作
- 2014年06月23日 07:38
- ＞モウエサさん
  「出てこない従業員」
  「引き取り拒否をする家畜商」
  「仔牛に点滴をしない獣医」
  「隔離を面倒がる農場主」
  どういう理由でそうなってしまうのでしょうね。
  牛を可愛いがる気持ちがない。
  全員『喝！』ですね。
- 8. 豆作
- 2014年06月23日 07:45
- ＞べとさん
  牛にもいろいろ個性があるのは
  我々ヒトと同じではないかと思います。
  うるさい人たち
  うるさい牛たち
  ともに何か
  重要なメッセージを発している事があると思います。
  疎外や淘汰ばかりしていては解決しない問題が
  隠れている事がありますね。
- 9. さくら
- 2014年06月23日 12:19
- 先生、毎日おつかれさまです。
  私は、よくわからないし、伝わらず誤解を招くのは
  本意ではないのですが。。。
  大きくは地球上で生きている仲間、そして哺乳類。
  経済動物はかわいそうっていったってどうにもなることでないのはわかりきっていますので、私は、せめて生きている時は苦痛もなく快適に過ごさせてあげてほしいと思っています。コメント欄にあることは人としてがっかりですね。牛たちに感謝して接ってほしい。私が牛だったら、あんな人間には絶対なりたくない!!!と思われるような人間でいたくないです。
- 10. はっち
- 2014年06月24日 06:22
- モウエサさんの書かれたような農場は、うちの農場に当てはまります。
  経営者は農場内での作業に携わらないため、現場がどうかは関係ナシで自分の理想の経営を求めます。部外者にアドバイスを受けても、聞く耳はない。
  従業員は何かを頑張ったところで評価されない。経営者が見ていないので、自分が怒られることもない。給料にもプラスに反映されることはない。
  獣医師の先生はそういった農場に来ること自体、苦痛なようです。経営を良くしたい、牛を良くしたい、そんな農場へ行って治療する方がいい。従業員は一頭の牛に対して、必死になって治療を頼んで来ないし、それどころか病気の牛に気付かない。また、治療をしても管理不足ですぐに死なせてしまう、経営者からは見てもいないくせに治療代がかかり過ぎてると指摘されたり…
  悪循環、負の連鎖。
  けれどそんな所にこそ、牛をかわいいと思い、がんばる内部の人間が一人でもいれば農場は変わります！
  牛をかわいいと思う人が、この仕事で出荷や病死に直面した時の自分の精神面を乗り越え、大事にする心で作業して欲しいです。
  一人でもそんな従業員がいれば、周りの人間、経営にも変化見られます。
  ダメな経営者、ダメな設備、やる気のない従業員、やる気になれない待遇…
  だけどやっぱり、そこにいる牛達に罪はない、そこの牛達のことを考えると…
  辞めれないのです(笑)
- 11. 豆作
- 2014年06月24日 06:59
- ＞さくらさん
  コメントありがとうございます。
  牛と人は地球上の生物の中で
  同じ哺乳類というかなり近い親戚のような存在です。
  その証拠に、体の構造は基本的にほとんど同じ
  脳があり肉があり骨があり内臓があって
  その形と大きさに違いがあるにすぎません。
  牛の乳を飲んだり肉を食べたりする人は
  その事をもっとよく理解するべきだと思います。
  食育などの教育をもっとしっかりやってほしいと思いますね。
- 12. 豆作
- 2014年06月24日 07:05
- ＞はっちさん
  コメントありがとうございます。
  おっしゃるような悪循環・負の連鎖は
  あちこちで見かけられますね。
  しかしそれを乗り越えるための
  われわれの心の持ちようまで
  前向きに考えて
  それを書き込んでいただいて
  とてもありがたいと思います。
  読んでいて元気が出てきました♪
- 13. はっち
- 2014年06月24日 23:55
- お礼を忘れてました！新聞記事を載せて下さり、ありがとうございます。
  全文読ませていただきました。
  多頭飼いしかできないような酪農業界で、私や牛を愛する人達の理想とする酪農で…衝撃を受けました。希望がわきました。
  感謝しております！！
- 14. 豆作
- 2014年06月25日 03:59
- ＞はっちさん
  こちらこそコメントをありがとうございました。
  こんな記事をシリーズで書くことになつたきっかけを
  作っていただいて、たいへん感謝しております。