今年の角川俳句賞の最終選考に残った作品の、

5つの中に、

鈴木牛後さんの「にれかめる」50句が選ばれた。

早速角川の「俳句」を買って読んでみた。

これはもう、さすが!、というべき作品群だった。 

4人の最終選考員の中の

正木ゆう子氏をして

「この人は受賞第1作を詠める人です。」

と言わしめた、牛後さんの実力は

もはや、日本全国の俳人の誰もが認めていると思う。

IMG_0434実は私も、3年前から

角川俳句賞に応募しているのだが

今年も又、予選落ちをしてしまった。

予選落ちした者が、最終選考に残った人の俳句を

ああだこうだ、と評するのは

IMG_0426大変おこがましい行為なのかもしれないが

俳句詠みというのは

良い作品を読んで勉強することが大切だ♪

ということで 

牛後さんの作品50句を鑑賞させてもらった。 


 除雪車が雪押してくる初明り

 白息の絞り滓めく小さく吐く

  よくはたらく我も毒餌を曳く蟻も

 農道の波打ってゐる西日かな

 啄木鳥と吾のあひだを古りゆく木



道北の下川町に入植して酪農を営んでいる牛後さんの

大地にしっかりと根を張った生活が見えてくる。 

私がいつも仕事中に感じることは

酪農家の人たちは

本当によく働く人たちだ

ということである。


 牛の腹しづかに満つる寒夜かな

 血の乳に変はる気配や雪催

 老牛の乳垂れてゐる鼓草

 にれかめる牛に春日のとどまれり

 クローバー十本ちぎり音ひとつ

 かうべ振る牛の歩みに黄落す

 


毎日毎日牛の世話をしつつ、牛の乳を絞り、出荷をする。

それだけですごい才能なのに

そういう自分の生活を

四季の季題を通して

俳句という文芸に一句一句したためてゆく

というもう一つの才能が牛後さんには備わっている。

ただ、上記の牛の句のような場面は

私も酪農家を巡る仕事中によく遭遇し

正直なところ、私でも

このくらいの牛の句は詠めるかな

という感想を抱いた。 

ところが・・・


 雑煮椀牛の乳房を揉みし手に

 満月を眼差し太き牛とゐる

 牛追つて我の残りし秋夕焼

 牛見送る軒より露の滴りぬ


というような句になってくると

往診先で他人様の飼っている牛の俳句を詠んでいる

獣医師の私などには詠むことのできない

酪農家ならではの牛の句である。

こういう句を前にすると

あらためて

牛後さんは、さすがだなぁ!

と思わずにはいられないのである。

さらに・・・


 風邪心地わが外側に誰かゐる

 亡き人の名刺を冬の木と思ふ

 対岸に対岸のある春日かな

 くものすのいつぽん春風が見える

 憲法記念日虫を支ふる草一本

 廃車より高き夏草やがてひらく



なんというか

独特の世界観を

これらの句から感じる。

訥々(とつとつ)とした詩情というか

派手さはなくて芯の強い詩情というか

うまく言えないが

牛後さんにお会いした時に感じるものが

これらの句の中にあるような気がする。

牛後さんならではの俳句の世界が

表れているように思う。

まさに

「鈴木牛後の俳句の世界」

をたっぷりと

鑑賞させていただいた♪

今後のさらなる活躍が期待されるのは

言うまでもないことだ。

角川「俳句」11月号に載っている50句と

選考委員の先生方の座談会を

何度も読み返してみて

そんな感想を抱いた。



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左の写真の道具を使う


「牛のニコイチ捻転去勢法」

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