稟告は「起立不能」だった。

牛が坐り込んでいるところへゆくと、

ずいぶんと疲れた表情の牛が、

一瞬、私を恨めしそうに見て、

また視線を遠くへ移した。

「ずっと乳房炎やっていたんですけど・・・今朝から、立てなくなってしまって・・・」

IMG_0940▲牧場の従業員は、

そう言って牛を立たせようとして、

体を揺すってみたりしたが、

牛は数センチ体を持ち上げただけで、

再びへたり込んでしまった。

「左の前の乳房が、ずいぶん腫れているね。」

「はい、そこがずっと悪かったんです・・・」

私は左の前の乳頭を掴んで

乳汁を絞り出そうと

乳房を押してみたら

ポチャ・・・ポチャ・・・

という音がした。

何か、液体が溜まっているような音だった。

乳房に液体が溜まる、と聞けば

乳牛を知らない人であれば

乳房に乳汁が溜まっている、と思うかもしれない。

しかし

乳房に蓄えられる乳汁というのは

乳腺細胞とその周囲にぎっしりと溜るので

乳房をどれほど揺すっても

決してチャポチャポというような

水分の溜まったような音は聞こえることはない。

この音は明らかに異常だった。

「何か悪いものが溜まっているんだね。」

私は即座に、これは乳房の膿瘍だと思った。

「針を刺して中身を吸ってみるね。」

IMG_0939車から注射器と留置針を取ってきて

乳房の問題の箇所へ

ゆっくりそおっと穿刺した。

「あー、やっぱり・・・」

刺した針の口から

水分の高い化膿汁が吹き出てきた。

▲牧場の従業員君はこれを黙って見つめていた。

IMG_0938「・・・。」

「ずいぶん我慢したねぇ・・・」

「立てるようになりますかね・・・」

「わからないけど、やるだけやってみよう。」

私は、穿刺した針をそのままにして

この牛の治療の準備を始めた。

補液剤と抗生物質を持ってきて

投与を開始しようと牛に近づいた時

IMG_0941牛はもがきながら

足を踏ん張って

バタつきながらも

なんとか自力で起立した。

「あ、立った!」

▲牧場の従業員君は少し驚いたようだった。

この牛に、どれ程の気持ちがあったのかは

未だに不明だが

不健康な体ながらに

この牛が

一生懸命生きようとしていることは

間違いのないことであり

毎日数キロに満たない乳汁を

搾り出しながら生きていることも

間違いのないことであった。

BlogPaint後日

この乳房の膿汁の

細菌検査の結果が来た

それによれば

αーstreptococcus

が検出された。


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左の写真の道具を使う


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