「お産なんですけど、破水したのに、陣痛が全く始まらないんです・・・」

「わかりました。すぐ行きます。」

携帯電話が鳴ったのは、

午後9時30分を過ぎた頃だった。

和牛の繁殖農家の⌘さんからだった。

夜道に診療車を走らせて約20分、

空には星が見えていたが、

どういうわけか、

細かい雪がチラチラと降り続いていた。

・・・夜の風花・・・?!

そんな風情のあることを考えている間も無く

⌘さん宅に到着。

「分娩予定から、もう2週間遅れてるんです。」 

牛は大きな和牛で

今回が6産目だという。

「全然いきまないので、心配で・・・。」

手を入れると、胎児は生きていたが

産道の開きがまだ不十分だった。

「お産をさせる前に、まずカルシウム剤を打ちましよう。」 

和牛といえども

6産目ともなると、低カルシウム血症になることがあるし

今の産道の状態では

いきなり助産をするには少し早い気がしたので

カルシウム剤を打ちつつ

ひと呼吸置いてから、ゆっくり助産した方が良いと判断した。

それに加えて

⌘さんの和牛は半月ほど前に

お産の発見が遅れて、胎児が死んでしまった事故があったばかりだった。

そういうことがあると

次のお産の時は

絶対に死なせたくないという思いから

早く獣医を呼んで、万全を期すということになる。

私は、そういう⌘さんの気持ちを強く感じていた。

そういう場合、実際には

呼ばれるのが早すぎてしまうこともある。

カルシウム剤を打ち終わり

ひと息ついてから

「じゃあ、始めましょうか。ロープと滑車をセットして・・・」

「はい。」

「産道が狭いから頭にもワイヤをかけますね。」

「はい。」

「まず頭だけ軽く引いて・・・そう・・・」

「・・・」

「頭が・・・産道に・・・よし、乗ってきた。こんどは足をゆっくり引いて・・・」

「・・・」

「そのままゆっくり・・・仔牛のおデコが全部出たら・・・滑車を強めに引いて・・」

「・・・」

「よし、頭が出た。・・・引いて、引いて・・・」

IMG_1129ここは絶対に

生かして出さなければならなかったので

私も少し緊張したが

胎児は無事に誕生した。

IMG_1130大きめの♂だった。

産科道具を片付けて

挨拶を交わして

帰路につくと

来るときには星が見えていた空は

雪雲に覆われて

雪が盛んに降り始めていた。

途中の道ではさらにそれが激しくなり

IMG_1132分岐点や交差点が

降る雪でよくわからなくなってきた。

慣れている道だというのに

曲がる交差点を一つ間違えて

IMG_1134あらぬ所へ向かいそうになり

また引き返し

さらに激しくなる吹雪の中を

対向車にも気をつけながら

路肩にも落ちないように気をつけながら

IMG_1137ようやく

宿泊している事務所まで帰ってきた。

帰りの道のりは

行きの道のりの

倍近くかかったような

深夜の雪の中の往診だった。


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左の写真の道具を使う


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