この日の午前中の最後の往診は、

和牛繁殖農家の〓さんの、

妊娠鑑定だった。

やっている最中に、

「1頭お産前の牛がいるんだけど・・・ちょっと診てくれます?」 

ついでの仕事を頼まれた。

よくあることである。

妊娠鑑定を全て終え、

その牛に手を入れてみると、

胎児の足がすでに産道に来ていた。

しかし

「中で死んでるみたいで・・・」 

〓さんの話では

ここ数日忙しくて

分娩の監視が疎かになっていて

今朝気づいたらこんな状態だったという。

胎児の足はやや膨れた感じで

手を奥に入れると

死んで膨れ気味の頭部に触れた。

気腫胎のようだった。

「・・・このまま引っ張ってもきっと無理だから、粘滑剤を入れますね。」 

私はバケツ1杯の粘滑剤を作って

それをカテーテルで胎児と子宮の隙間に注入。

胎児と子宮の間に粘滑剤が 行きわたるように手を添えながら 

粘滑剤が溢れてくるまで注入。

「・・・これで引っ張ってみましょう。」

胎児の足に産科ロープを付けて

その先に牽引の滑車をつけて

胎児を牽引する

が、胎児はほとんど動かなかった。

牽引の力に耐えられず

親牛が寝てしまった。

「・・・これは引っ張っても無理だから、帝王切開しましょう。」

 「はい、お願いします・・・」

「・・・胎児はもうダメだけど、親をなんとか助けるということで。」 

「わかりました・・・」 

親牛はその後

なんとか立つことができたので

〓さんの家畜車に乗って

この牛は、診療所の手術室に運ばれて来た。

私は大急ぎで昼飯の弁当を食べて

IMG_3559帝王切開に取り掛かった。

同僚のK獣医師とT獣医師が助手に入ってくれた。

重たくパンパンに張っている子宮から

大きな死亡している気腫胎児を摘出し

子宮と腹膜と筋層と皮膚を縫い上げ

IMG_3560牛が乗った手術台を下ろし

寝ている牛に

起立を促した。

しかし

牛は立つことができなかった。

IMG_3561「・・・ハンガーをつけて吊り上げましょう。」

牛の腰角にハンガーを取り付けて

チェーンブロックで吊り上げた。

しかし

牛は前足を踏ん張ることができず

IMG_3562立つことができなかった。

「・・・ちょっと休ませて、補液治療ましょう。」

リンゲル、ブドウ糖、を投与し

30分程経った頃

再び起立を促した。

しかし

牛は立つことができなかった。

「・・・このままここに置いておきましょう、私は今日当直なんでずっと居ますから。」

〓さんには自宅に帰ってもらうことにして

今日はこの牛が立てるまで

このまま手術室に置いておくことにした。

「・・・牛が立ったら、連絡しますから取りに来てくださいね。」

「わかりました・・・」

私達は牛が寝ているままの手術室を片付け

勤務を終えた。

夜になり

私は手術室に居る牛と

同じ診療所の中で夜を明かすことにした。

午後8時頃、水を与え、補液治療をした時は

IMG_3563牛はまだ立てなかった。

午後11時頃、水を与え、治療をした時は

牛はまだ立てなかったが

牛の頭の向きが変わって居た。

立とうとする意思はあるようだった。

午前1時頃、様子を見に行ったとき

牛の呼吸が少し荒くなって居た。

しばらく観察していたが

牛はやはり立つことができなかった。

午前4時頃、様子を見にゆくと

牛は頭を横に倒し

動いていなかった。

死んでしまった。

私は直ぐ、〓さんに電話を入れた。

「・・・牛、死んでしまいました。」

「そうですか、じゃあ取りにゆきます・・・」

「・・・いや、取りに来なくてもここから処理場へ持ってゆけますから。」

「そうですか・・・」

「・・・指示書のコピーを後で届けます。」

「安田さん、やっぱり取りにゆきますよ・・・」

「・・・ここからそのまま処理場へ持ってゆけますけど。」

「うん、そうだけど、やっぱり取りにゆきます・・・」

私は、それを断る理由はなかったので

〓さんの言うことに従った。

「・・・そうですか、じゃあ指示書を書いて待ってますね。」

30分ほどたち

〓さんは自らこの死亡した牛を取りにやって来た。

そして黙々と

牛の足にワイヤを取り付けて

牽引滑車で牛を荷台に乗せて

死亡した牛とともに

自宅へ帰って行った。

手術室で死亡した牛は

ここから直接

処理場へ運ぶこともできるので

こんな手間をかけることは

無駄な作業と言えるのだが

〓さんは

この牛を

どうしても、もう1度

自宅に連れて帰りたかったのだろう。


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左の写真の道具を使う


「牛のニコイチ捻転去勢法」

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