「お産なんですが、子宮捻転みたいなので、来て欲しい・・・」

そんな電話が診療所にかかって来たのは、

午後3時を過ぎた頃だった。

「・・・わかりました、すぐ行きます。」

電話の主の♭牧場の分娩用の古い牛舎で、

牛は産気づいて少し苦しんでいるようだった。

手を入れると、

産道が普通に捻れていた。

用手法でしばらく

子宮を押していると

何度かの陣痛のうちに

胎児の頭が産道に乗って来たので

子宮捻転は整復され

普通のお産となった。

産道は狭かったが

滑車を使って

F1の♀の胎児を

無事に出産させることができた。

「有難うございます、よかったです!」 

臨床獣医師は

難産介助が成功した後

飼主さんからこう言われるのが1番嬉しい。

「よかったー!」

という

飼主さんの

この一言を聞くと

我々臨床獣医師は生き甲斐を感じる。

この一言を聞くために

我々は仕事をしていると言ってもいいだろう。

満たされた気分で帰路につき

診療所でカルテを書き

夜間当番の時間帯に

入ろうという矢先に

電話がかかって来た。

「さっき子宮捻転で診てもらった牛なんですけど・・・」

♭牧場からだった。

「・・・どうしました?」

「子宮脱になっちゃったんですけど・・・」

「・・・えええーっ!、わかりました、すぐ行きます。」

 ♭牧場に着くと

さっきの牛の産道から

子宮が間違いなく脱出していた。

「・・・立てないですか?」 

「産んでからは立っていないです・・・」

「・・・ハンガーで吊りましょう。」

♭さんが牛を吊る準備をしている間に

私はこの牛に注射するための

カルシウム剤を車から取って来た。

子宮脱の牛は低カルシウム血症になっていることが多いので

いつものように

牛の頸静脈に針を刺すために

頭部を保定しようとした

その瞬間 

牛は大きく頭を振り上げ

私と反対側の床に

バッタリとその頭を打ち付けて

深い息を吐いて 

視線が中空を泳ぎはじめた。

IMG_3685「・・・あっ・・・これは・・・」 

「なんか変ですね・・・」 

「・・・これは、まずいな・・・死んじゃうな・・・」 

「え、マジですか・・・」

「・・・あ・・・だめだ・・・」 

「・・・」 

牛は最後の大きな息を吐いて

あれよという間に死んでしまった。

子宮脱を整復している途中や

子宮脱を整復した直後に 

その牛が死んでしまうことは

私は何度も経験しているが

今回はまだ整復にとりかかる前に

死んでしまうという

あっという間の出来事だった。

IMG_3687「・・・マイッタな、これは。」

「・・・」

「・・・指示書を書きますね。」

「・・・」

私は数時間前の満たされた気分とは真逆の

飼主さんの沈黙「・・・」という

最悪の雰囲気の中で

死亡畜処理の指示書を書いて

♭さんに渡し

解剖の依頼をすることにして

帰路に着いた。

後日

処理場の獣医師から剖検の書見が送られて来た。

BlogPaintそれによると

私が最も疑った腹腔内の出血はなく

うっ血型の心筋症

という所見が記されていた。

この牛はどうやら心臓も相当弱っていたらしい。

それにしても

1頭の牛が1回のお産で

子宮捻転と子宮脱が立て続けに起こったのを

診療した経験は

私には

過去を振り返っても

なかったように思う。

そしてさらに剖検によって

うっ血型心筋症が顕著だったとは

過去の記憶を辿っても

あまりなかったように思う。

この牛は

疲れ切ってボロボロになってしまっていたようで

まさに

病気の総合デパートのような症例だった。



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IMG_2775
左の写真の道具を使う


「牛のニコイチ捻転去勢法」

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