「お産した後、親牛が立てないないので診て下さい・・・」

和牛繁殖農家のΘさんの母さんからだった。

時間は午前8時40分を過ぎた頃で、

ちょうど診療所の受付の最中で、

出勤している獣医師の往診先を振り分けているところだった。

「じゃあ、俺行きます。」

Θさんは私が向かう地区だったので、

私は往診先にΘさんを加えて、

診療準備にとりかかった。

するとまた、Θさんの母さんから電話がかかってきた。

「なんだか、後産じゃないようなものが出てきて・・・」

私は子宮脱を疑い

往診準備にその治療の準備も加えながら

慌ただしく診療車と薬室を往復していた。

するとまた、Θさんの母さんから電話がかかってきた。

「先ほどの牛が苦しがって、お腹が張ってきて、唸っているんです・・・」

慌ただしく午前中の往診準備を終えた私は

真っ先にΘ農場へ向かった。

途中、安全運転のために備え付けられている

診療車のドライブレコーダーが

何度もスピード注意の警告を告げていた。

約20分かかってΘ牧場に着くと

母さんが心配そうな声で

「仔牛が死んでしまったんで、母親だけでも助からないかと・・・でもこれでは・・・」

牛は右横臥で頭を投げ出し

唸り声をあげて苦しがっていた。

腹囲は極度に膨隆してパンパンだった。

E5CE6BBD-123F-4009-913B-8903C3C093BE私は直ちに極太の套管針(とうかんしん)で

パンパンに膨れている腹壁の頂点部を穿胃した。

湯気のような第一胃ガスが勢いよく吹き出てきた。

ガスが噴き出ている間に

カルシウム剤の補液と採血をして

母牛の腹囲が萎むのをしばし待った。

03C9102E-AA73-46C8-BC18-D92C889766B7「少し親牛の目つきが良くなってきたわ・・・」

Θさんの顔さんは少しほっとしたように言った。

「これから、出ている子宮を元に戻すから、まず親牛を吊り上げましょう。」

私はΘさんの嫁さんに

吊るためのハンガーとトラクターを手配するよう告げた。

「今うちの息子がいないんで・・・隣のΔちゃんに来てもらったら?・・・」

「そうしてくれるとありがたいですね。」

BA5E3556-2584-493C-97D5-54086E39B1BBしばらくして

近所の酪農家のΔ君がやってきた。

ハンガーを腰に取り付けて親牛を吊り上げようと

トラクターのフロントアームを上げてゆくと

過肥状態の親牛の腰からハンガーが外れて

牛の体はまた横臥してしまった。

348A67B8-7CE3-43CB-9982-9ECC0C951B95親牛の腰の皮下脂肪が厚く

ハンガーがどうしてもしっかりと掛かってくれない。

吊っては外れ、吊っては外れ

そんなことを3回繰り返して

結局、吊起をあきらめ

座位のままで子宮脱の整復をすることにした。

F10722BA-46C6-4CCA-B950-D308B98FEB3F用意したビニール袋を子宮の下に敷き

袋の両端を嫁さんとΔ君に支えてもらいながら

私は子宮を押し込んでいった。

子宮はそれほど苦労せず

腹腔内に納めることができた。

BEFA78F2-E4B3-46FA-8E4D-E6F16BFF218B反転整復棒を挿入して反転を直し

外陰部をビューナー針と包帯で巾着縫合し

抗生物質を投与した。

「とりあえず、これで様子を見てください。」

「わかりました・・・」

25BB41C8-5E53-4CC4-B90B-C75984BA464F「明日また来るようにしておきますね。」

「よろしくお願いします・・・この牛、立てるといいんですけど・・・」

「ですね。まぁ、立っても立たなくてもまた診ますから。」

「わかりました・・・あー昨日から息子がいないから・・・」

「でも、Δ君が来てくれて助かりました。」

「もっと早くお産に気付いていれば・・・こんな事にならなかったのに・・・」

B2BC52E3-012B-41DB-BB25-65C672F43641寝ている母牛を前にして

Θさんの母さんはしきりに悔しがるのだった。

往診の一件目で

立てない牛の子宮脱整復というのは

時間のロスが気になる仕事である。

私はΘさんの嫁さんとΔ君への挨拶もそこそこに

慌ただしく

次の往診先へ向かった。


(この記事つづく)



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