北の(来たの?)獣医師

北海道十勝地方で牛馬を相手に働く獣医師の最近考えていることを、 散文、韻文、漢詩 でつづったものです。

読書ノート

辰巳奈優美、句集「氷絃」

辰巳奈優美(たつみなゆみ)さんの、

第3句集、「氷絃(ひょうげん)」、を読了。

IMG_1010奈優美さんは、

昭和34年生まれで、

私とは一つ違いの同世代、

旭川出身で札幌在住。

50歳代の半ばで、

第3句集を上梓するのだから、

その俳句のキャリアと実力は

いまさら言うまでもない。


 今生の頬まだぬくし春の雪


この一句の前書きには

 「四月三日 父美仁(紫明)逝く」

とあった。


 身に入むや抜け殻ほどの骨拾ひ


この一句の前書きには

 「八月二十二日 母セツ子逝く」

とあった。

10年前にお父様、5年前にお母様を見送り

「この辺で一つの区切りとして句集をまとめることを思い立った」

と、あとがきに書いてある。

IMG_1012奈優美さんとは

2年前の北海道俳句協会の懇親会で同席し

それ以来のお付き合いだが

俳句をまとめてじっくりと読ませていただいたのは

今回が初めてだった。

以下

心に残った句を挙げる。


 町なかや日向ひなたに雪解の香

 蝉時雨止むひと声もおくれなく

 いま吊りし風鈴の音を待つ机

 隣人のにはかに親し野分あと

 毀れゆく櫛のごとくに秋の虹

 小鳥来るたかぞらのなほ高きより

 厳寒の直情のごといたるかな

 ものの角そろへて寒に対ひけり

 雪雲をかくも籠めたる地平かな

 大鷲の眼火をいまし切に欲る

 月蝕のやはらやはらに木の芽時

 鳥雲に入る美しき角度もて



まだまだたくさんあるが

きりがないので、この辺で。

IMG_1086北海道の

同世代の俳人

として

辰巳奈優美さんの

これからの活動に強く期待し

私も

それに続いてゆきたいと思った。 



人気ブログランキング


IMG_2775
左の写真の道具を使う


「牛のニコイチ捻転去勢法」

の動画をYouTubeにアップしています。

ここを→クリックして

 
 


 


新年は俳句の話題から・・・

あけましておめでとうございます。

IMG_0874今年も又、

拙い当ブログを、

懲りずに読んでいただいて、

感謝いたします。

どうぞ好き勝手に読んでいただいて、

忌憚なきコメントを書き込んでいただけると嬉しいです。

さて

獣医師としての豆作は、

去年から引き続いて、

今年も相変わらずの低空飛行だと思いますが、

職場の先輩や後輩に助けてもらいながら、

牛馬の飼主さん達に支えてもらいながら、

ボチボチとやって行ければ有難い、と思っています。

どうぞよろしくお願いいたします。

一方

俳人としての豆作はというと・・・?!

これがどーも・・・だんだんと

俳句という底知れない文芸の魅力に

止めどなくハマってゆく自分を

どうすることもできないような状況になっている。

自ら自覚的に、そのような状況を作り上げ

IMG_0871家族からは呆れられ

巷を徘徊しつつ

日々俳句を詠み

他人の詠んだ俳句や評論を読み

暇さえあれば俳句に没頭する毎日となっている。

現在私が毎月購読している俳句雑誌は4冊。


,通椶

IMG_0871 2日本伝統俳句協会の機関紙「花鳥諷詠」。

伝統俳句協会の会長は現在

稲畑汀子先生であるが

ご存知の通り、大俳人高浜虚子のお孫さんである。

高浜虚子が提唱した俳句の理念「花鳥諷詠」に興味を持ち

それに関わりを持っている俳人には必読の雑誌であると思う。

全くの余談だが

12月29日の十勝毎日新聞の「文化この一年」という記事の中に

IMG_0869ごく小さく一言

文芸では私一人

伝統俳句協会賞佳作入賞、とあった。

写真の記事の中を、探して見て欲しい(笑)

私も伝統派俳人として

十勝の文化の端くれに居ることを確認した。

ともあれ

伝統俳句に興味のある方は

この「花鳥諷詠」誌を、是非一度読んで欲しいと思う。



△通椶

IMG_0871 4地元十勝の俳句結社の月刊誌「柏林」。

地元十勝の俳人集団の雑誌であるが

札幌などの十勝管外の俳人も投句を寄せている雑誌である。

十勝にゆかりのある人で

俳句に興味のある人がいたら

是非この「柏林」を一度読んで見ていただきたいと思う。

実は先日

柏林主宰の中屋吟月先生から電話があり

IMG_0872今年度の柏林奨励賞を私が戴くことになった。

最新号に私の句と一文が載っていた。

俳句結社「柏林」は

私の俳句のホームグラウンドといえる。


つ目は

IMG_0871 3群馬県の高崎市に発行所のある

俳句結社「桑海」。

群馬の高崎というのは

私の敬愛する俳人、村上鬼城の活躍した地で

私は村上鬼城顕彰会の会員でもある。

主宰の清水舞子先生は高崎の人

副主宰の須藤常央先生は前橋出身で、現在静岡市に住んでいる。

静岡は私の故郷でもあり

群馬は私の娘が住んでいることもあり

そんないろいろな縁がある俳句結社なのである。

私は昨年から「桑海」誌に、毎月エッセイを書いている。

タイトルは「牛馬漫録」

正岡子規の「仰臥漫録」にあやかったネーミングなのだが・・・

IMG_0873左の写真は

今月号の、私の一文

興味のある方は是非一度

「桑海」誌を読んで欲しいと思う。


い通椶

俳人ならば誰でも知っている、「ホトトギス」。

IMG_0834明治30年に創刊され

柳原極堂、正岡子規、高浜虚子、高浜年尾、稲畑汀子、稲畑廣太郎、と

主宰が引き継がれて現在に至る、全国規模の老舗の俳句雑誌である。

高浜虚子が引き継いだ初期の頃には、俳句雑誌というよりは

総合文芸誌として、夏目漱石の「吾輩は猫である」などの小説も掲載された。

大正から昭和にかけては、多くの有名俳人が「ホトトギス」に投句していた。

平成になっても、全国の伝統派の俳人が多く投句していて

その中で、北海道在住者だけでも「ホトトギス」へ投句している俳人は

ざっと数えると、現在およそ130人程度である。

IMG_0836今年の最新号の社告には

約3年に1度発表される

ホトトギス同人の推薦の記事があり

北海道からは新しく19名のホトトギス同人が誕生した。

ついでのことだが

私もその中の1人に選ばれていた。

さらについでのことだが

今月号の、稲畑汀子選「天地有情」欄の

IMG_0835巻頭に近い7番目に

私の投句した2句があった。

今まで私の句はずーっと

数えきれないほど後ろの方に載っていたのだが

今回ばかりは、最初のページに掲載された。

こんなことは全く初めてだったので

驚きと嬉しさに加えて

身の引き締まる思いがした。

他誌にはない「ホトトギス」誌ならではの

達成感と緊張感を経験したのだった。

「ホトトギス」誌に興味のある方は

インターネットで見本誌を取り寄せることができるので

是非、読んで見ていただきたいと思う。


以上

私が今現在毎月読んでいる俳句雑誌を挙げてみた。

巷ではもちろん、

これ以外の色々な俳句雑誌が満ち溢れているし

俳句雑誌ばかりではなく

電子媒体の俳句サイトなども満ち溢れている。

そのどれを取っても面白そうなものばかりである。

それでは最後に

私の年頭のご挨拶に替えて、ひとこと・・・


「俳句をやりましょう!」



人気ブログランキング


IMG_2775
左の写真の道具を使う


「牛のニコイチ捻転去勢法」

の動画をYouTubeにアップしています。

ここを→クリックして

ご覧いただけます。
 
 






 

鈴木牛後さんの角川俳句賞候補作

今年の角川俳句賞の最終選考に残った作品の、

5つの中に、

鈴木牛後さんの「にれかめる」50句が選ばれた。

早速角川の「俳句」を買って読んでみた。

これはもう、さすが!、というべき作品群だった。 

4人の最終選考員の中の

正木ゆう子氏をして

「この人は受賞第1作を詠める人です。」

と言わしめた、牛後さんの実力は

もはや、日本全国の俳人の誰もが認めていると思う。

IMG_0434実は私も、3年前から

角川俳句賞に応募しているのだが

今年も又、予選落ちをしてしまった。

予選落ちした者が、最終選考に残った人の俳句を

ああだこうだ、と評するのは

IMG_0426大変おこがましい行為なのかもしれないが

俳句詠みというのは

良い作品を読んで勉強することが大切だ♪

ということで 

牛後さんの作品50句を鑑賞させてもらった。 


 除雪車が雪押してくる初明り

 白息の絞り滓めく小さく吐く

  よくはたらく我も毒餌を曳く蟻も

 農道の波打ってゐる西日かな

 啄木鳥と吾のあひだを古りゆく木



道北の下川町に入植して酪農を営んでいる牛後さんの

大地にしっかりと根を張った生活が見えてくる。 

私がいつも仕事中に感じることは

酪農家の人たちは

本当によく働く人たちだ

ということである。


 牛の腹しづかに満つる寒夜かな

 血の乳に変はる気配や雪催

 老牛の乳垂れてゐる鼓草

 にれかめる牛に春日のとどまれり

 クローバー十本ちぎり音ひとつ

 かうべ振る牛の歩みに黄落す

 


毎日毎日牛の世話をしつつ、牛の乳を絞り、出荷をする。

それだけですごい才能なのに

そういう自分の生活を

四季の季題を通して

俳句という文芸に一句一句したためてゆく

というもう一つの才能が牛後さんには備わっている。

ただ、上記の牛の句のような場面は

私も酪農家を巡る仕事中によく遭遇し

正直なところ、私でも

このくらいの牛の句は詠めるかな

という感想を抱いた。 

ところが・・・


 雑煮椀牛の乳房を揉みし手に

 満月を眼差し太き牛とゐる

 牛追つて我の残りし秋夕焼

 牛見送る軒より露の滴りぬ


というような句になってくると

往診先で他人様の飼っている牛の俳句を詠んでいる

獣医師の私などには詠むことのできない

酪農家ならではの牛の句である。

こういう句を前にすると

あらためて

牛後さんは、さすがだなぁ!

と思わずにはいられないのである。

さらに・・・


 風邪心地わが外側に誰かゐる

 亡き人の名刺を冬の木と思ふ

 対岸に対岸のある春日かな

 くものすのいつぽん春風が見える

 憲法記念日虫を支ふる草一本

 廃車より高き夏草やがてひらく



なんというか

独特の世界観を

これらの句から感じる。

訥々(とつとつ)とした詩情というか

派手さはなくて芯の強い詩情というか

うまく言えないが

牛後さんにお会いした時に感じるものが

これらの句の中にあるような気がする。

牛後さんならではの俳句の世界が

表れているように思う。

まさに

「鈴木牛後の俳句の世界」

をたっぷりと

鑑賞させていただいた♪

今後のさらなる活躍が期待されるのは

言うまでもないことだ。

角川「俳句」11月号に載っている50句と

選考委員の先生方の座談会を

何度も読み返してみて

そんな感想を抱いた。



人気ブログランキング


IMG_2775
左の写真の道具を使う


「牛のニコイチ捻転去勢法」

の動画をYouTubeにアップしています。

ここを→クリックして

ご覧いただけます。
 
 



 

帯広『市民文藝』誌・2014年版

今年の帯広『市民文藝』誌が発刊され

IMG_2891それが帯広市図書館から一冊、我家にも届いた。

この文芸誌には以前から興味があったのだが

私は帯広市民ではなく、帯広の東隣の幕別町住まいであり

幕別町には『町民文芸誌まくべつ』という

帯広市民文芸誌に勝るとも劣らない文芸誌があり

町民のよしみで、私は後者の文芸誌に投稿していた。

しかし、今年の夏頃

図書館の『市民文藝』誌の編集委員の方から私に原稿の依頼があった。

帯広『市民文藝』といえば、かつては

中条ふみ子氏や時田則雄氏などの短歌の巨星も作品を発表していた由緒ある文芸誌である。

IMG_2892そんな文芸誌の、第1頁の「扉」というところへ

私の俳句7句が掲載された♪

一般の俳句投句の欄ではなく

このような特別な場所に、自分の俳句を活字にして頂くのは

とても嬉しく、光栄なことである。

さらに加えて

北海道の現代俳句系の大きな俳句結社『氷原帯』の主宰で

帯広在住の、山陰進氏が

『市民文藝』の俳句部門の総説を執筆されているのだが

IMG_2893その総説の中で

私の事も少し取り上げていただいた♪

これまた大変嬉しく、光栄なことである。

お暇な方は、どうぞ読んでいただきたいと思う。

自分の俳句作品や文芸活動の中で

十勝の外へ出て、札幌や本州へ自分の作品を発表したり

そこの句会へ足を運んだりして

いろいろ評価されたりするのは、とても嬉しいことだ。

しかし、今回のように

地元の十勝の俳人や評論家の方々に評価されるというのは

一味違った格別なものがある。

普段から地元の句会やイベントなどで顔見知りの地元の俳人の方々というのは

きっと、私の外面的な表の部分ばかりではなく、内輪の部分も良くご存知であるに違いなく

そんな方々からこういう形で褒めていただけるのは

自分の身近な友人や家族や親戚などから褒めてもらえたような

なんだかとても温かいものに包まれたような

そんな、ほのぼのとした喜びが沸いてくるのだ。

人気ブログランキング


IMG_2775
左の写真の道具を使う


「牛のニコイチ捻転去勢法」

の動画を撮りました

ご覧になりたい方は

写真をクリック願います。



俳句集団【itak】第16回・講演・句会

俳句集団【itak】第16回イベント・講演会に参加してきた。

今年6月の北海道俳句協会の総会の時に

この活動の代表の五十嵐秀彦さんにお会いして

そのとき、今回の講演会の講師を頼まれていたのだ。

以前から私は、facebookなどでこの活動に興味を抱いていたが

初参加でいきなり講師として喋ることになってしまい

少しビビりつつも、たいへん光栄な事でもあるので

約2ヶ月くらい、その準備をしていた。

そして昨日、札幌1泊の楽しく充実した時間を過ごして来る事ができた。

IMG_2760講演の内容は、そのうち

俳句集団【itak】のブログに載ると思うので省略するが

私の話したかった事は

聞きに来ていただいた皆さんに、ほぼ100%伝わってくれたようで

懇親会での話にもそれが伺えて、とても嬉しかった。

講演のあとは直ちに句会となった。

80代の老人から小学生まで、しかも現代・俳人・伝統・の三協会入り乱れて

という俳句集団【itak】ならではの大句会で

どんな句が飛び出すのか、興味津々だった。

私が「天位」に採らせていただいた句は

 ふろあがりみかんまるごとあまいしる

という句で

これがなんと、武田ともやっくす君という小学1年生の作だった。

「甘い汁」という言葉を何のてらいも無く使って

蜜柑のうまさを十分表現できているのではないかと思った。

私が投句した2句のうちでは

 月隠す雲月光にふちどられ   豆作

という句を、籬(まがき)朱子さん(「銀化」)が「地位」に採ってくれた

「端正で美しい」というコメントをいただき、とても嬉しかった♪

もう1つの句は

 霜歯朶に毒入り幾度煮出しもし   豆作

という句で、残念ながら1点も入らなかったが

じつは、この句は回文になっている。

出席していた回文の天才である山田航さんが採ってくれないかな、と

密かに期待していたのだが、それは叶わなかった。

また、もう1人の回文の天才である鈴木牛後さんが

もし、この句会にいたら採ってくれたかもしれない(笑)

句会のあとは、懇親会♪

懇親会には私の同僚である北海道獣医師会文芸部?!(仮称)の

廣田(頑黒)和尚氏と韮沢土竜氏も一緒だった。

私と同じく、彼ら2名も

素晴らしい出会いの場で、おいしい酒が飲めたに違いない。

IMG_2762一次会から『日本酒』・・・

二次会は『ワイン』・・・

そして『荒舩青嶺』さん・・・

この三つのキーワードが揃ってしまうと

私はいつも、その先の

『記憶喪失』という所に到達してしまうのだが

今回は記憶を失くす訳にはいかなかった。

必死に飲みつないで

最後迄、皆さんとの会話を楽しみ

ほぼ全てを、記憶の中に留める事が出来た♪

俳句集団【itak】代表の五十嵐秀彦さんはじめ

スタッフの皆さんには

心から感謝を申し上げたい。

どうもありがとうございました。

 人気ブログランキング






「北海道俳句年鑑・2014年版」

北海道俳句協会という結社や流派を超えた団体が発行している

image「北海道俳句年鑑・2014年版」が、先日届いた。

そこで毎年募集している北海道俳句協会賞というものに

私の応募した連作20句「牛の天地」が

思いのほか評価を受けて

第47回北海道俳句協会賞をいただいた♪

image俳句を始めてかれこれ20数年

いろいろな俳句大会に投句をして

単発の1句で入選したりしたことはあったけれども

このような連作での受賞は初めてのことだった。

その内容は、写真をクリックして見ていただけるが

image選考委員の方の

「牛と牛に関わる自然や暮らしを、温かくじっくりと見つめた二十句の説得力は大きかった。牛に深く関わっていなければできない俳句であり、北海道らしい俳句であるともいえる。」

という評は、大変嬉しく有難いものだった♪

口絵のグラビアに自分の写真が載るのは

imageなんだかちょっと照れくさい・・・

私の顔写真の左隣は

なんと

北海道文化奨励賞を受賞された五十嵐秀彦さんである。

五十嵐さんはいまや、北海道の俳壇を活性化しつつある中心人物で

代表をなさっている俳句集団【itak】の活動は

全国的にも注目を浴びているユニークなものである。

「北海道俳句年鑑・2014年版」の冒頭の

北海道俳壇展望「状況は動き始めている」

という五十嵐さんの文章は

今までの俳句年鑑ではお目にかかったことの無い、目の覚めるような一文だ。

そこには、今年北海道で行われた「東京マッハ」「俳句甲子園」などの俳句イベントを取り上げて

北海道の若い俳人がそこで育ちつつあるにもかかわらず

今の北海道の俳壇(北海道俳句協会)は、そのことに気づきもせず

無関心でいることを鋭く突いて批判している。

この文章が載っているだけでも

今年の「北海道俳句年鑑・2014年版」は価値のある年鑑になったと私は思う。

さらにこの年鑑の前半には、北海道の俳句雑誌・結社の紹介

後半には、会員の俳人が詠んだ俳句5句ずつが網羅され掲載されていて

今の北海道の俳壇とはどのようなものなのか、おおよそ解るようになっている。

そんなわけで

今年の北海道俳句年鑑は

私にとって特別な本になったと思っている。

興味のある方はぜひ、北海道俳句協会に問い合わせるなどして

この俳句年鑑を取り寄せて読んでみていただきたいと思う。


 人気ブログランキング






五十嵐秀彦句集『無量』を読む

かねてから気になっていた句集『無量』を購入して読んでみた。

 

この句集は、今年の北海道新聞・俳句賞佳作に選ばれた句集である。

 

image著者の五十嵐秀彦氏との面識は無いのだが

 

以前からFacebookで友達になっていただいて

俳句関係の情報をいつも興味深く読ませてもらっているので

今回の句集の上梓とその受賞の報を知って

 

ぜひとも読みたい句集だと思ったのだ。

 

読み始めたら、予想以上に面白く、1日たっぷりと充実した休日を過ごすことができた♪

 

ほぼ全句にわたって五七五の調べが整っていて大変読み易く

 

難しい言葉もあまり使われていないので

 

最後まで、スムーズに読み終える事ができたのだった。

 

早速、私がいい句だな、と思った句を挙げてみる。
 

 

  ふたり旅して一鉢の櫻草

 

  莨(たばこ)火のいつか消えたる余花の雨

 

  雪原や木端微塵の風眩む

 

  一丁の斧の柄朽す樹氷林

 

  ゆったりと一筆箋の花便り

 

  一睡の花の気配とともにあり

 

  雪渓の水音星を散らしけり

 

  遮断機の竿突きささる鰯雲

 

  足跡のあをき水脈(みお)ひく樹氷林

 

  秒針の速度牡丹雪の速度

 

  山門の冥(くら)ききざはしほととぎす

 

  秋櫻摘むその手より暮れて来し

 

  外套をまとひちひさき闇まとふ

 

  積まれゐるカフェの灰皿日脚伸ぶ

 

  咳こぼすひとりの刻をひろびろと

 

  氷湖厚くみなぎるもののありにけり

 

  春宵や短波ラジオの向きを変へ
 

 

取り合わせが飛躍的だったり、仏教用語を使っていたり、斬新な感覚の句も結構あったのだが

 

そういう句よりもやはり、私がいい句だなと思ったのは

 

季語がよく働いて、季題(主題)が明瞭にうたわれていて

 

具象性があって、写生的で、現実的で

 

一読して情景が誰にでも伝わってくるような平明な句だった。

俳句は言葉や言い回しが新しいから良いというものではない、と私は思っている。

 

もっとも、作者は現代俳句協会に所属する気鋭の俳人であるから

 

伝統俳句協会に所属して花鳥諷詠などを勉強している私が好むような

 

そんな傾向の俳句を五十嵐氏が好むとは思われず

また、そんな句を目指して作句されている訳はないと思う
()


その証拠に、こんな意味不明の句も
2句あった。
 

  然らぬだに傾く春の星座かな

 

  暗室を出し眼木の芽をさそひけり
 

 

この2句は、文法的にも変で、ミスプリかとも思ったが

 

あとがきに

「言葉それ自体を壊そうとしてみたり・・・あえてそれはそのまま収載することとしました。」

 

とあったので、さすが現代俳句系の作家だと思って納得した。

そんな作家が詠む俳句でありながら

私がいい句だなと思う句が沢山有った事は嬉しかった。

次に

この句集を読んで思ったのは

 

忌日を詠んだ句が多い、という事だ。

 

掲載句が全部で300句ある中で、人の忌日を読んだ句が10句もあるのは

 

一冊の句集としては、かなり多いのではないだろうか。
 

 

  自転車に青空積んで修司の忌   (寺山修司、54日没)

 

  糸瓜忌や百年生きるはかりごと   (正岡子規、919日没)

 

  三鬼忌の海に翼を見て帰る    (西東三鬼、41日没)

 

  石乗せて熱きてのひら櫻桃忌   (太宰治、613日没)

 

  三鬼の忌他人ばかりの靴ならび  (同・三鬼忌)

 

  虚子の忌の飛行機雲をくぐりけり  (高浜虚子、48日没)

 

  詰襟の少年濡るる安吾の忌     (坂口安吾、227日没)

 

  当つる掌に胃の腑の疼く漱石忌   (夏目漱石、129日没)

 

  食堂の傾ぐ丸椅子櫻桃忌      (同・櫻桃忌)

 

  遊行忌(ゆぎょうき)や月光譚を巻き終へて  (一遍上人、823)
 

 

忌日がそのまま季題になるような著名人に対して

 

作者の思い入れは相当に深いようである。

なかでも、寺山修司や西東三鬼の忌日を詠んだ句は明るく肯定的で

対して、正岡子規や夏目漱石の忌日を詠んだ句は暗く否定的に思えた。

 

忌日をこれだけ詠めるというのは
 

きっと、死者と心で会話(存問)をよくしているからなのだろう。

 

その傾向は、句集の後半の句に見られるように

 

作者のお父様が亡くなった事で、ますます深まっているように思う。
 

 

  五月雨や父なきときを母とゐて

 

  すがりつくいのちのかたち雪蛍

 

  生き死にを肴にしたる鳥曇

 

  いつかゆく國の白薔薇けふの供華

 

  幻影となり父の声雪の声

 

  かなしみにふれんと雪の穴を掘る

 

  夏蝶のまつはれる道父を訪ふ
 

 

あの世のお父様への存問・・・


まだこの世に父が健在な私には

 

今のところ、これくらいの鑑賞が精一杯だ。

 

最後に

見逃せなかった句を4つほど挙げておきたい。
 

 

  真夏日の古書肆(こしょし)の棚に虚子の貌
 

 

真夏の古本屋の棚に虚子の本が並んでいる景・・・
 

 

  下駄なんか履いている人ほととぎす
 

 

ホトトギスの声がする所で下駄など履いている人は今どき珍しい・・・

 

この句は、私を含め

ホトトギス誌を購読してそこへ投句している人たちに対する問いかけ(存問)ともいえる御句。

 

古いねぇ、と言わんばかりの揶揄が隠れているような気がしてならない()

 

そして


  現代と書き野遊びに出でにけり

 

  一代の咎あれば言へ沙羅の花
 

 

主宰一代の個性が強く、継承されにくい現代俳句系の集団に対して、文句があるならば言え!

 

伝統俳句系の集団の代々の主宰継承とて盛者必衰、しょせん諸行無常ではないのか?

 

そんなことをバッサリと言い放っているような御句・・・

悠然と自分の俳句の世界を詠み上げていて

なんだかとても

潔いのだ。

以上4つの句の解釈と鑑賞は、ピント外れかもしれない。

でも、私にはそのように伝わって来るのだった。

そして、この件に関して、若輩者の私には


ちょっと異論・反論が有るわけで・・・

ともあれ

『無量』という句集を読んで

 

私の中で、五十嵐秀彦氏の存在は

ますます大きくなるばかりである。

 


人気ブログランキングへ







 

『牛の歳時記』

当ブログにたびたび登場していただいている上川郡の酪農家、鈴木牛後さんは

DVC00924放牧酪農を実践しながら俳句を詠む、私と同世代の俳人である。

左の写真は、牛後さんの句集「根雪と記す」。

ところで、インターネット上に

「週刊俳句 Haiku Weekly」

というウェブマガジンがあるのをご存知だろうか。

俳句にまつわるいろいろな記事を、毎週掲載しているホームページなのだが

その中の連載シリーズの1つに

鈴木牛後さんが、『牛の歳時記』という記事を書いている。

昨年の暮れから連載が始まって

今月の記事で、11回を数えている。

牛にまつわる俳句は数多くあるけれど

実際に自分で牛を飼っている人の詠む句は、やはり違う。

牛に対する視線や思いが深いのはもちろんだが

生やさしい感傷だけではない現実の厳しさがにじむような句もある。

さらに、牛後さんの個性がそこに加わって、独特な世界を醸し出している。

それは、俳句だけではなく

今回紹介する文章にも、十分に表れているのではないかと思う。

とても面白い連載なので

全ての回を、ここにリンクしてみた。

酪農家をはじめ獣医師や、その他畜産関係者はもちろんのこと

学生さんや、畜産からは遠い生活をしている都会の方々にも

ぜひ、じっくりと読んで味わっていただきたい文章である。

牛の歳時記 第1回 牧閉す

牛の歳時記 第2回 北窓塞ぐ

牛の歳時記 第3回 煤払

牛の歳時記 第4回 元日

牛の歳時記 第5回 凍つ

牛の歳時記 第6回 春眠

牛の歳時記 第7回 春寒

牛の歳時記 第8回 春光

牛の歳時記 第9回 牧開き

牛の歳時記 第10回 牛冷す

牛の歳時記 第11回 干草

じつは

最新の連載、第11回の干草の冒頭に

私の俳句も一句載せて頂いており、たいへん光栄に思っている♪

ともあれ

この連載が今後もずっと続くように

多くの人に読んでもらって

いろいろ感想などをページにコメントしたり

牛後さんへ送ってみるのも良いのではないか
、と思う。

フェイスブックなどで知る限りでは

牛後さんは現在、牧草の収穫で超多忙のようだが

どうか体に気をつけて、お仕事も俳句も

そして『牛の歳時記』の連載も

頑張ってほしいと思う。

人気ブログランキング




祝・鈴木牛後さんの句集が出た!

豆作さま

「大人のための句集を作ろうコンテスト」において最優秀賞を頂き
賞品として句集を作って貰いましたので
一部送らせて頂きます。ご笑読下さい。
 
                               鈴木 牛後

DVC00924そんな添書きとともに

句集 「根雪と記す」 鈴木牛後 

が送られてきた。

俳句のメッカ、松山を拠点に全国的な活動を展開する

あの俳句甲子園でも有名な、夏井いつき組の雑誌

「100年俳句計画」の特別付録として、この句集が発刊されたのだという。

牛後さんはこのもブログに何度か登場している、北海道上川郡の俳人・酪農家である。

このたび、第一回「大人のための句集を作ろう!コンテスト」において

牛後さんが最優秀賞に輝き、全国的な応募数60作品(各81句づつ)の中の頂点を射止めたのである。

その賞品として、この句集が作られたのだという。

これはもう、半年前の牛後さんの角川俳句賞最終選考残留に次ぐ連続大ヒットと言えるだろう。

牛後さんの俳壇進出の、勢いが止まらない♪

大変喜ばしく、また羨ましい限りである。

夏井いつきさんの選後の評は以下の通り

「牛を飼うという生活のリアリティーに圧倒される。命と共に暮らす現場にある音、匂い手触り、息遣いが読み手の五感を刺激する。牛だけではなく、犬、鹿、蝶、猫、兎、鼠、山羊、かたつむり、地虫など生きるものへの眼差しも深く、一句一句が博物誌のように楽しくもある。労働、風土、作者の人生がどっしりと臭うように迫ってくる実力派の作品として高い評価が集まった。」

句集の81句を鑑賞してみると、まさにその通りだと言えるのだった。

さっそく、私の心に残った句を拾い出してみると・・・

 寒明の飛び散る乳のほの甘き

 かげろふに濡れて仔牛の生まれ来る
 
 蘖(ひこばえ)の突つついてゐる牛魂碑

 牛啼いて誰も応へぬ大夏野

 牛死して高く掲げる夏の月

 秋澄みて牛に涙のやうなもの

 満月や牛の数だけある怖れ

 牛の眼の空を湛へて牧閉す

 蹴られたる凹みアルミ戸凍てにけり
 
 牛舎の窓開けて四温を招き入る
 
生意気な事を言わせてもらえば、この辺の句は

私の詠む俳句とテイストがほとんど似通っていて

同じ畜産の現場で俳句を詠む者として、強い共感を覚えたものの

さほど驚きはしなかった。

しかし

次に挙げるような句を見ると、それはもう感服せざるを得ない・・・

たとえば

 我が牧は四十町歩揚雲雀

の『我が牧』。

また

 まだ誰も踏んでゐない俺の夏草

の『俺の夏草』。

また

 冬来れば冬のかほなる牛を飼ふ

あるいは、タイトル名となった

 根雪と記し農作業日誌閉づ

などの句は、『一人称』で酪農を詠んでいる。

すなわち自分で牛を飼い、自営していなければ放てないフレーズの句で

私のような関係団体のサラリーマンには絶対真似の出来ない強さがある。 

また

 歯車の濡れて動かぬ雪解かな

 抱くやうにハンドル廻す濃紫陽花

 零したる軽油たちまち虹捕ふ

などの句は、農業機械を動かす人ならではの句材の力を感じる。

また

 野に出でて空気を吸ふといふ遊び

 牛糞を吸うて汚れぬ夏の蝶

 懐に地虫かくまふ捨案山子

 甲冑魚のごとくに雪の底にゐる
 
 牛の息ふしゆうふしゆうと白く伸ぶ

などには、牛後さんの独特の詩情・感性を感じ

これまた私などには遠くおよばぬ個性・才能が光っていると思う。

こうやって鑑賞していると

やはり、賞を取るべき人が、正しく評価されて受賞したのだな、という思いがしてくるのである。

同じ畜産の現場で仕事をしながら俳句を詠む者として

とても嬉しく、また強い刺激を受けた牛後さんの受賞であった。

同時に

私自身の作句姿勢や俳句で目指す方向を、見つめ直す良いきっかけにもなった。

牛後さん、おめでとうございます!!

これからもよりいっそう、俳句の世界を深め

それを世の中へ発信し続けて欲しい。

鈴木牛後さんに、新ためて

最大級の拍手と賛辞と

そして、感謝の意を表したいと思う。
 
人気ブログランキング








溝手孝司さん

札幌を拠点に活動しているフリーランスライターの溝手孝司さんはマルチな人である。

もうかれこれ15年ほど前に、帯広のFMウイングというラジオ放送のパーソナリティーだった。

その時、私は彼のスポーツ解説番組が大好きで、熱心なリスナーだった。

特に好きだったのは、「ウマスポ」というコーナーでの競馬の予想だった(笑)。

週末のレースの予想を書いては、せっせと番組にファックスを送っていた。

その予想は、的中するかどうかは二の次で

いかに楽しく、オモシロおかしく、もっともらしい予想をするか、というのが大事なのだった。

そんなことが縁で、いつしか溝手孝司さんと一緒に札幌競馬を観戦する機会を得て

合計3回、夏の札幌で札幌記念の観戦を楽しんだのだった。

その溝手さんが先日、久しぶりに帯広へやってきて、一杯やりましょう、という話になった。

集まったメンバー6人は、ほとんどが彼の番組のかつてのリスナーだった。

DVC00649右手前が溝手氏。

左奥が私。

溝手氏の右隣は私の同僚のS貫君。

その向こうが電子音楽研究所の和田君。

私の右隣にお菓子屋勤務の明石君とカメラマンの唯君。

みんな私より年下である。

全てが溝手繋がりという不思議なメンバーで、語られるのはコアなスポーツ話題を中心に

溝手氏の得意ジャンルの、お笑い、演劇、小説、音楽、などと多義に渡った。

その多くで私はほとんど聞き役だったが(笑)、いつもとは全く違った世界の話しに参加できたのは

私にとってとても刺激的で、有意義な時間だった。

その膨大な内容をここに書くのは不可能だが

その代わりに、溝手氏の著書を少し紹介しておこうと思う。

ジャンルにこだわらないユニークな活動の一端が、このラインナップでわかるのではないかと思う。

私のブログを読んでいただいている人に興味があるかどうか、それは全く不明だけど(笑)

北海道キャラクターガイド (MG BOOKS)

中古価格
¥1から
(2011/11/23 17:34時点)

バスで旅する北海道 (MG BOOKS)

中古価格
¥82から
(2011/11/23 17:37時点)

グルメチック屋台―北のフードテーマ・ブック (MG BOOKS)

中古価格
¥100から
(2011/11/23 17:40時点)

徳川時代の馬医書(4)

著郎三恒井白 『史学医獣本日』

の、「古代より徳川末期篇」の章をついつい読みふけってしまっているのだが

そこで登場する徳川時代の馬というのは

今の自動車と同様、無くてはならない存在、と考えていいと思うのである。

陸運は現代ほど発達してないにせよ

当時の人間社会にとって、いかに馬が大切な存在であったかは想像に難くないだろう。

であるとすれば、その時代の馬医者というのは

今の自動車修理工のように、それぞれの町に無くてはならない存在であったであろう。

今よりも圧倒的多数の人が馬にかかわっていたであろう。

さて

徳川吉宗時代の、享保2年の馬医書『武馬必要』ににおいて

「獣医」という言葉が初めて記されたのだそうだ。

それ以前は、「獣医」ではなく、「馬医」という言葉が使われていた。

著郎三恒井白 『史学医獣本日』すなわち

『日本獣医学史』 白井恒三郎著 には

旧態依然とした獣医療を施す「馬医」と

新しい技術に積極的な「獣医」とが

馬をめぐって凌ぎを削っている。

そんなことを想像させる文章と、短歌(狂歌?)が載っている。

私の興味は、もっぱらどうしてもそこに行ってしまうのである(笑)

その短歌とは


 かたもなき生死も知らぬ馬くすし佛(ほとけ)たのみて地獄にぞいき


診ている馬の生き死にも判らない馬薬師(うまくすし)が、結局神頼みをしている様子を皮肉っている。

なんだかちょっと、耳の痛い歌だ(笑)

また


 せんやしな本草くすりとききけれどどの病にてと知らでせんなし


立派な薬は手元にあるけれど、適応症がよくわかっていない様子を皮肉っている。

当時のいい加減な薬剤処方を皮肉ったものであろう。

しかしこれも、我が身を振り返ると、ちょっと耳の痛い歌だ(笑)

当時の人はなかなか鋭い。

ともあれ

立派な獣医術を説きながらも

こういう短歌(狂歌?)も自然にちりばめられている徳川時代の馬医書の著者に対して

私は、同じ日本人として、この上ない愛着と尊敬の念を抱いてしまうのである。

五七調の韻文が

獣医学書に堂々と記されている事実に感動するのである。


  *    *    *


江戸時代の狂歌といえば

やはりなんといっても、幕末の相模湾に黒船が到来した時の


 太平の眠りを覚ます上喜撰 たった四杯で夜も眠れず


が最も有名だ。

ご存知の通り、ぺリーの黒船が四艘やってきたのを見て

神奈川県の上喜撰というブランドのお茶に引っ掛けて詠まれたものだ。

この神奈川のお茶の歌を元にして、私は


 茶産地の怒りを覚ます放射線 待った掛けられどこにも売れず


と、詠んでみたのだですが・・・

北海道獣医師会雑誌の来月の投句は

これにしようかなー・・・

人気ブログランキング





徳川時代の馬医書(3)

昔の獣医書物をかいつまんで眺めているうちに

一つの疑問が浮かび上がってきた。

それは何かというと

我々が今用いている様々な獣医療技術、その各々について

この世で一番最初にやったのは、いったい誰か?

そしてそれは、いつ?、どこで?

という疑問である。

つまり個々の技術ルーツを知りたくなったのだ。

例えば

体温測定はどのようにしてやり始めたのだろうか

聴診器はいつごろから用いられるようになったのか

注射器はいつどこで誰が最初に使いはじめたのか

切開縫合技術は誰が始めたのか

などなど・・・

それぞれ挙げてゆくと、なんだかきりがなくなってくる。

ただ、想像するに

たぶん殆どの獣医療技術は、人の医療技術の真似から始まっているのだろう、という事は

容易に想像できる。

古代では、医者も獣医もはっきりとした区別はなかったであろうし

医者というものが現れる以前から、民間療法が存在していたはずだから

そのルーツとなると、誰が何処で、というはっきりしたものを知ることは、おそらく不可能だろう。

按摩やマッサージ、針・灸などの技術は、今も隆盛を極めているが

これらの技術は、歴史が古そうである。

切開、縫合、などの外科的技術は、西洋がルーツではなかろうか。

薬剤も、経口薬や塗布薬のルーツは古いだろうが

注射薬は、注射器がなければ打てないから、ルーツは注射器とともにあり、これも西洋のにおいがする。

そのような様々な獣医療技術の中で

特に、私が気になるのは、直腸検査である。

直腸検査というのはご存知の通り、牛や馬の肛門から腕を挿入し、腹腔内の各臓器を触診する技術である。

直腸検査は、我々は毎日やっているのであるが

これは、牛馬の獣医療独特の技術であり

ヒトの医療では、今でこそ内視鏡を肛門から挿入するけれども、昔はあまり行われていなかった医療技術であろう。

牛馬の直腸検査のルーツは、きっと人の医療とはあまり関係ないところにあるような気がするのである。

直腸検査は、いつどこで、誰がどのようにして始めたものなのか

たいへんな興味をもってしまうのである・・・

どなたかこの辺、ご存知でしょうか?

人気ブログランキング





徳川時代の馬医書(2)

DVC00111 著郎三恒井白 『史学医獣本日』

・・・すなわち・・・

白井恒三郎先生著 『日本獣医学史』 復刻版 によれば

8代将軍徳川吉宗は、馬の輸入、改良、馬術や馬医療の進歩、発展を大いに推し進めた将軍だった。

享保10年(1725)〜元文2年(1737)の間に、オランダ人から西洋の馬を28頭輸入した。

それにつれて当然、西洋馬術や馬医療も我が国に入ってきた。

特に、オランダ人の馬乗りケイスルは幕府の御用で江戸へ赴き、今村英生(上記写真本中の絵)という通詞(通訳)が付き添った。

今村英生は単なる通訳ではなく、たいへん博識のある蘭学者だったといわれ、上著書にも

「蘭医今村英生は洋風獣医としての開山である・・・」、と書かれている。

そんな、吉宗時代の影響もあってか、その後の宝暦年間には様々な馬医書が出版されている。

前回の記事の、私が先輩獣医師のVさんに見せてもらった本は、そのうちの一冊だと思われる。

白井恒三郎先生の『日本獣医学史』は700ページ以上の分厚い本なのだが

Vさんの本がきっかけで、ついつい読みふけってしまった。

また、前回のhig先生のコメントにあった「解馬新書」は

吉宗の死後約100年経った嘉永5年(1852)に、東水菊池宗太夫藤原武樹という人(長い名前だね・・・(笑))が著した。

この藤原武樹は一橋家の馬医すなわち、当時の臨床家だった。

その臨床家が蘭学を学び、その中でヒトの「解体新書」に出会い

きっと、馬でも生理解剖の手引きが必要だ、と痛感したのではないかと思う。

当時の臨床獣医師のレベルがどの程度だったかは判らないが

文盲率も高かったであろう時代に

死馬を穢多非人と呼ばれる人たちと共に解剖しながら

「解馬新書」を編む作業は、並大抵なことではなかっただろうと思う。

『日本獣医学史』にも、彼のことを

「洋方獣医術を実践した第一人者であることは疑いのないところで、画期的人材と云うことができる。」 

と、評している。

人気ブログランキング

徳川時代の馬医書


DVC00068先輩獣医師のVさんが、母親の実家にあったという古い本を見せてくれた。

Vさんのお母様の実家は、岩手県の南部地方にあるそうだ。

「表紙が火事で焼け焦げたらしくてね、なんていうタイトルの本なのかわからないんだけど・・・・」

しかし、馬の獣医学の書物であることは一目でわかる。

DVC00070絵を見ていると、針灸のツボの解説であったり

簡単な解剖図と、内臓の位置関係の解説であったり

薬剤の調合レシピであったり
DVC00071
非常に興味深い

「牛のやつもあったんだけどね・・・どこかにまぎれちゃって、今手元にはこれだけ。」

DVC00069100ページ以上はあるであろう和紙に

墨でていねいに書かれていて、色墨のところもある。

ところが・・・肝心の字が難しくて

殆ど全くといってよいほど、読めない!のだ。

「・・・読めないだろ?(笑)」

と、Vさん。

昔の人の毛筆の、ひらがなの崩し字というのは

専門的に勉強しないと、どーもこれが全く読めないのである。

同じ日本語だというのに・・・

短冊に書かれた俳句や短歌なども、崩してあると全く読めないが

それと同じもどかしさを感じたのだった。

DVC00072そんな中で、かろうじて

最後のページに、はっきりと

読める文字があった。

『宝暦八年、九月吉日』

宝暦八年を、年表で調べてみると

1758年であった。

徳川吉宗が亡くなったのが1751年。

それから7年が経過して

この年には田沼意次が大名になっている。

時代はまさに、享保の改革の後の混乱

江戸時代のど真ん中。

当時の交通手段は、海の船と、陸の馬。

馬の数だって、今とは比べ物にならないほど多かっただろう。

そのような時代に書かれた馬の医学書。

ああそれなのに

そこに書かれている字が読めないなんて

日本人として、獣医師として、情けない限りだねこれは・・・(泣)

人気ブログランキング


「唯脳論」(8)

抽象的な事を話していると、退屈になってくるので

西洋人の家畜に対する考え方の、具体例を挙げてみたい。

酪農情報誌「Dairy Japan」の2009年12月号のトピックスに

よいタイミングで、こんな記事があった。

その全文を書き出してみよう。

           *    *    *

  牛は「名前」で呼んだほうが乳量は多い---イギリスの雑誌から

 多くの科学者によって、「人間と動物の関係(HAR)」において、人間側の要素が乳牛の生産性や行動に影響を与えていることが証明されているが、英国で発行されている人と動物の関係の研究誌「Anthrozoos」Vol.22,Number1,2009年3月号に、516戸の酪農場でHARを調べたところ、90%以上が、「牛は感情を持っている」と回答し、78%が「知性を持っている」と回答したという報告が載っている。また、牛を1頭ごとに識別することが大切だと考えている農場は、より多い産乳量(200kg以上)が得られるという傾向が見られた。さらに牛を「名前」で呼んでいる農場では、そうでない農場と比べて乳量が258kg多かったという。
 この研究をリードしたDouglas博士は、「牛を名前で呼べば、コストをかけずに乳量を上げることができる」としている。

            *    *    *

私はこの記事を読んでいる途中で、なんだか可笑しくなって吹き出してしまった。

そして

「強い論理思考と、神秘主義との奇妙な結合、それが西洋人の悪癖である。私はそう思う。」

という、養老氏の言葉を思い出して、また笑ってしまった。

『悪癖』かどうかは、私にはわからない。

でも、確かにこの記事を読んで、私は二つの違和感を持った。

その一つは、前半の部分

「牛には感情があるか?」、あるいは「牛は知性を持っているか?」、という質問を、酪農家に対して大真面目に問うている研究チームの可笑しさ。

もう一つは、後半の部分

「牛を名前で呼べば、コストをかけずに乳量を上げることができる」と大真面目に考察しているDouglas(ダグラス)博士の可笑しさ。

西洋人の強い論理思考も、ここまで来ると、滑稽に見えてくるのは私だけだろうか。

東洋人(日本人)の私から言わせれば

「そんなこと、あたりまえじゃないか!」

で、ある。

こういうテーマは、べつに科学的な論理で証明など、する必要があるのだろうか?と、私は思うのである。

こんなところにまで科学的手法を大真面目に使う感覚が、私にはとても奇妙に映る。

これは科学で扱う問題ではなく、非科学的思考であっさり解決できる問題ではないのか。

愛情や思いやりの問題ではないか、と私は思うのだ。

実際、私の通う酪農家で

「乳量を上げるために、牛を名前で呼ぶことにしたよ。」

なんていう酪農家など、1人もいないと思う。

牛を名前で呼んでいる酪農家は、牛をそれだけ愛しているから。

そういうことでしょう?

イギリス人のダグラス先生・・・使う道具がちょっと違うんじゃぁないでしょうか?

料理をするのに包丁ではなく、カッターナイフを使っているような

あるいは、和食を食べるのにフォークとナイフを使っているような

そんな違和感を、私は禁じえないのである。

唯脳論シリーズ後半のテーマは

西洋人の脳は家畜をどう見ているのか・・・なのであるが

牛には感情がないと思っている酪農家が1割

牛には知性がないと思っている酪農家が2割以上

そんな記事にも、ちょっと驚く。

底にはやはり、キリスト教と神道・仏教との違い、があるようだ。

東洋人とはかなり違う、その一端を垣間見たような気がする

そんな、記事である。

「唯脳論」(7)

私は、唯脳論を参考にしながら、畜産現場における「宗教」について書こうとしているが

宗教は世界中に、じつにいろいろある。

そこで、私の取り上げる宗教はとりあえず

日本神道、仏教、キリスト教、の3つに絞りたいと思う。

それが私の身の回りの主な宗教だと思うからだ。

宗教は、ヒトの心、精神、魂、霊、といったものを扱う。

ヒトには、形態としての「肉体」と、その機能としての「心」がある。

ここまではたぶん、神道も仏教もキリスト教も、異論はないだろう。

さて、では、ヒト以外の動物、家畜はどうだろう。

形態としての「肉体」が存在するのは、誰も否定できない。

その機能としての「心」の存在はどうか。

これもおそらく、3つの宗教のどれからも、異論はなかろうと思う。

動物にも「心」があるのだ。

動物にも、自らの意思があり、自己意識のようなものは

程度の差こそあれ、たぶんあるだろう。

さて、では

ヒト以外の動物、家畜において

「魂」や「霊」はどうだろう。

ここで、キリスト教は『ない』、というだろう。

キリスト教では、ヒトだけが神から「魂」や「霊」という神秘的な物を植えつけられた存在だからだ。

西洋人は、「心」すなわち「mind」というものは科学的に解明できると考えているらしい。

しかし、「魂」や「霊」すなわち「soul」や「spirit」は、神秘的なもので科学的に解明するのは不可能だと考えているらしい。

キリスト教においては、ヒト以外の動物に「心」はあるが、「魂」や「霊」は『ない』のだ。

キリスト教において、ヒトと他の動物との間は、ここで完全に分断されている。

したがって、家畜に対して慰霊をする、という発想はなく

家畜をヒトに与えてくれた神に感謝する、謝肉祭が行われる。

西洋人の脳は、そういう考え方で、家畜を見ているのである。

これに対して・・・

神道や仏教は、家畜に「魂」や「霊」は『ある』、というだろう。

その証拠に、われわれは「畜魂」という言葉を何の疑いもなく使う。

また「一寸の虫にも五分の魂」などという言葉もある。

畜魂碑ヒトの前世が

動物だったりする

輪廻の世界が存在する。

ヒトと動物との間に

キリスト教のような決定的な断絶は、ないのだ。

写真は

高さが5メートルはあろうかという

立派な畜魂碑。

我が診療区域内の

家畜共進会場に建っている。

当然、年に一度

この碑の前で

家畜の慰霊祭が行われる。

我々、東洋人の脳は、そういえ考え方で、家畜を見ているのだ。

「唯脳論」(6)

「唯脳論」で繰り返し言われているのは

要するに、「人の言うことのすべてはその人の脳の中にある」、ということと

「そのことを忘れるべきではない」、ということだと思う。

したがってこれから、私が唯脳論を参考にしながら宗教について書く場合

前もって、私自身の脳と宗教についても、少し書いておくのが礼儀?!かもしれない、と思った。

以下、それを書きます。

      *     *     *

私が生まれた時、母はプロテスタント派のクリスチャンだった。

しかし、父と祖父と祖母は、ある禅宗の檀家だった。

どんな結婚式を挙げたのか、私は良く知らない(笑)。

私と兄は小学校から中学まで、母に連れられてキリスト教会に通っていた。

しかし、祖父母の家の法事にも参加していた。

祖母が亡くなった後、祖父は家の仏壇を処分した。

その後、祖父と父は、母の影響でクリスチャンになった。

私は、そのときはもう北海道で就職していた。

私は屈折した無神論者になっていた。

結婚して、家を建てたときは、神道の建前をやり

母の要望で、キリスト教の石を地下に埋めた。

私の家の中には、神棚も仏壇も十字架もなかった。

そういうものは置きたくなかったのだ。

その後、妻の両親が亡くなった。

妻の両親の家には、日蓮宗の仏壇があった。

妻の姉達はみな、嫁ぎ先に別の宗派の信仰があったので

この日蓮宗の仏壇を、私と妻が引き取ることになった。

私の母はそれに難色を示したが、私の意志で押し切った。

かくして、現在、私の家には仏壇がある。

神棚はないが、正月には、注連飾りや鏡餅を置くことにしている。

・・・と、まぁ

こんな宗教環境で、私は今日まで生きてきた。

これで、私の宗教観、宗教に対してどんな考えを持っているのか、少しはご理解いただけるかと思う。

要するに、不真面目な日蓮宗の檀家、といったところ。

そんな私が、宗教と畜産について、ちょっと書いてみたいということである。

それを書く私の考えは、そんな私の脳の中でこしらえたものである。

え?前置きが長いって?

・・・ま、好きにやらせてくださいな(笑)

「唯脳論」(5)

「西洋生まれの科学が、どのくらい深くキリスト教に依存しているか。外部の人間として、われわれがしばしばそれを忘れるだけのことである。」

「強い論理志向と、神秘主義の奇妙な結合、それが西洋人の悪癖である。私はそう思う。」

と、養老氏は『カミとヒトの解剖学』のなかでそう言う。

『悪い』癖かどうかは、私はわからないけれども(笑)

そういう西洋人の論理志向は

彼らの家畜に対する考え方や接し方に対して

私も、しばしば気づくところであり

それがおそらく、キリスト教の教義に基づいているのだろう、というのも

なんとなく感じている。

まじめに信じているかどうかは疑わしいが、日本人の多くは仏教徒であり

日本の文化は、主にその仏教に根付いている。

仏教が日本にやってきたのは、飛鳥時代の538年、といわれている。

キリスト教が日本にやってきたのは、1549年(以後ヨロシク、とザビエル来日)。

この間に1000年の月日が流れている。

ただ、私は日本史の話をしようとしているのではなく

養老孟司氏の「唯脳論」を参考に、私の身の回りの畜産現場を見て

どんな景色が見えるのかを書いている。

「科学」とともに、「宗教」という大きなテーマがそこにあるようだ。

でも今度は

あんまりヘンな事を言うと、バチが当たるかもしれないので、気をつけながら行きたいと思う・・・
 



「唯脳論」(4)

「文科系における言葉万能および理科系における物的証拠万能に頼るだけではなく、すべてを脳全体の機能へあらためて戻そうとする試みである。だから『唯脳論』なのである。」

と、養老氏は言う。

「医者は大体、理科と文科の間に挟まって往生するものである。両者をどう結合したらいいか。そこで脳にたどりつく、というのが、この本を書いた私の動機である。」

と、養老氏は言う。

医者ではなく、獣医師はどうだろう。

「獣医師は科学者であれ」という言葉が、我々の間で肯定的に受け取られている現状からすると

獣医師は、理科と文科の間に挟まって往生しているのではなく、理科の物的証拠万能に大きく傾き、それになんの疑いもなく頼っている状況が見えてくる。

往生するどころか、大手を振って理科学理論を吹聴しているようにさえ見える。

獣医師はそれでいいのだろうか。

私は、唯脳論はじめ3冊を読んでそう感じた。

実際仕事をしていると、物的証拠万能な科学的思考のもとに

反論の余地がないようなデーターが示され

それを基にした方法で、家畜が飼われている。

そんな飼養方法についてゆけない家畜たちは

もがき苦しみ、治療を施してもなかなか治癒せず、予防をしても限界が有り

おびただしい数の家畜が、淘汰されてゆく。

「医者は科学者であれ。」などとは、あまり言われることがない。

そんなことを言ったら

おそらく、よい顔はされないだろう。

「獣医師は科学者であれ。」という言葉を

家畜たちが理解できたら

いやな思いをするかも知れない。

彼らにだって、小さいながら、立派な脳があるのだ。

彼らが今、求めているものは、何なのだろう。

科学理論は十分に与えられているだろう。

でも彼らは

愛情に飢えているのではないだろうか。



「唯脳論」(3)

「獣医師は科学者であれ」と、よく言われる。

そして、その言葉を我々獣医師はおおむね肯定的に捉えている。

しかし、獣医学という科学が、しばしば現実離れを引き起こし

臨床現場ではまるで役に立たないことがあるのも、我々は良く知っている。

唯脳論を読んで、その理由がよくわかったのは、前回書いた通りである。

獣医学という科学は、基本的に、『直線』のような幾何学を駆使し、『1+1=2』のような代数理論に基づく学問であり

そういう『直線』や『1+1=2』は、現実ではなく、それを考えるヒトの脳の中にしかない。

すなわち、科学的知見や理論は、この世の絶対的な真理などではなく

自分の脳の所産に過ぎないのだ。

だから現場とズレが生じる。

科学の信望者は、「非科学的なこと」を嫌う傾向がある。

「非科学的なこと」とは何か。

これも前回述べたように、ヒトの感情、愛、気合、思いやりの心、・・・などといったものだろう。

そしてこれらも同様に、我々の脳の所産に過ぎない。

同じ脳の所産であるが

現場で役に立つのは、「科学」か、それとも「非科学」か?

私は、後者に軍配を上げたいのである。

      *    *    *

大雪6例を挙げると

たとえば、牛の難産。

科学的なデーターを蓄積することはよいことだが、難産の牛を目の前にして、データーを調べることを優先してはいけない。

できるだけ早く駆けつけて治療に当たるためには、その牧場を良く知り、そこに飼われている牛への愛、夜中でも出動できる気合、といった「非科学」的なものが役に立つ。

大雪4たとえば、子牛の下痢。

目の前の倒れた子牛の前で、科学的知見を述べることはあまり意味がない。

瀕死の子牛の治療には、助けるぞ、という強い気持ちが大事である。すなわち子牛への愛、飼主への思いやり、が何より優先されるだろう。獣医師にもこういう「非科学」的態度がなければ、子牛の治療はうまく行かない。

大雪5たとえば、乳房炎。

乳房炎についての科学は日々進歩を遂げているのに、いまだにこの病気が減らないのは、科学的な進歩が、なかなか現場の役に立っていないことを示している。

乳房炎多発の牧場では、科学的なデーターを理解してもらうこと、それ自体が難しい。

乳房炎を出してはいけないのだ、という意識改革をどうするか。牛の衛生面のデーターを説くのも必要だが、その前に、実際に搾乳する人々への思いやり、食品を生産しているのだという意識と、消費者等への気配りがなければ、事はうまく進まないだろう。これは「非科学」的な部分である。

   *   *   *

大雪31月5日から8日まで

十勝地方は大荒れだった。

うちの診療所は、防風林の風上に位置している(笑)

そのせいで、非常にたくさんの雪が吹き溜まる。

大雪2どうして、こんなところに診療所を建てたのだろう・・・

と、この時期はいつも思う。
Profile
ギャラリー
  • 乳検データーから見えるもの(8)
  • 乳検データーから見えるもの(8)
  • 乳検データーから見えるもの(8)
  • 乳検データーから見えるもの(8)
  • 乳検データーから見えるもの(8)
  • 乳検データーから見えるもの(7)
  • 乳検データーから見えるもの(7)
  • 乳検データーから見えるもの(6)
  • 乳検データーから見えるもの(6)
蓄 積
1日1回クリック宜しく!

願援助為自己満足
livedoor 天気
訪問者数
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

感 謝
牛馬語の俳句

  • ライブドアブログ