北の(来たの?)獣医師

北海道十勝地方で牛馬を相手に働く獣医師の最近考えていることを、 散文、韻文、漢詩 でつづったものです。

読書ノート

「唯脳論」(4)

「文科系における言葉万能および理科系における物的証拠万能に頼るだけではなく、すべてを脳全体の機能へあらためて戻そうとする試みである。だから『唯脳論』なのである。」

と、養老氏は言う。

「医者は大体、理科と文科の間に挟まって往生するものである。両者をどう結合したらいいか。そこで脳にたどりつく、というのが、この本を書いた私の動機である。」

と、養老氏は言う。

医者ではなく、獣医師はどうだろう。

「獣医師は科学者であれ」という言葉が、我々の間で肯定的に受け取られている現状からすると

獣医師は、理科と文科の間に挟まって往生しているのではなく、理科の物的証拠万能に大きく傾き、それになんの疑いもなく頼っている状況が見えてくる。

往生するどころか、大手を振って理科学理論を吹聴しているようにさえ見える。

獣医師はそれでいいのだろうか。

私は、唯脳論はじめ3冊を読んでそう感じた。

実際仕事をしていると、物的証拠万能な科学的思考のもとに

反論の余地がないようなデーターが示され

それを基にした方法で、家畜が飼われている。

そんな飼養方法についてゆけない家畜たちは

もがき苦しみ、治療を施してもなかなか治癒せず、予防をしても限界が有り

おびただしい数の家畜が、淘汰されてゆく。

「医者は科学者であれ。」などとは、あまり言われることがない。

そんなことを言ったら

おそらく、よい顔はされないだろう。

「獣医師は科学者であれ。」という言葉を

家畜たちが理解できたら

いやな思いをするかも知れない。

彼らにだって、小さいながら、立派な脳があるのだ。

彼らが今、求めているものは、何なのだろう。

科学理論は十分に与えられているだろう。

でも彼らは

愛情に飢えているのではないだろうか。



「唯脳論」(3)

「獣医師は科学者であれ」と、よく言われる。

そして、その言葉を我々獣医師はおおむね肯定的に捉えている。

しかし、獣医学という科学が、しばしば現実離れを引き起こし

臨床現場ではまるで役に立たないことがあるのも、我々は良く知っている。

唯脳論を読んで、その理由がよくわかったのは、前回書いた通りである。

獣医学という科学は、基本的に、『直線』のような幾何学を駆使し、『1+1=2』のような代数理論に基づく学問であり

そういう『直線』や『1+1=2』は、現実ではなく、それを考えるヒトの脳の中にしかない。

すなわち、科学的知見や理論は、この世の絶対的な真理などではなく

自分の脳の所産に過ぎないのだ。

だから現場とズレが生じる。

科学の信望者は、「非科学的なこと」を嫌う傾向がある。

「非科学的なこと」とは何か。

これも前回述べたように、ヒトの感情、愛、気合、思いやりの心、・・・などといったものだろう。

そしてこれらも同様に、我々の脳の所産に過ぎない。

同じ脳の所産であるが

現場で役に立つのは、「科学」か、それとも「非科学」か?

私は、後者に軍配を上げたいのである。

      *    *    *

大雪6例を挙げると

たとえば、牛の難産。

科学的なデーターを蓄積することはよいことだが、難産の牛を目の前にして、データーを調べることを優先してはいけない。

できるだけ早く駆けつけて治療に当たるためには、その牧場を良く知り、そこに飼われている牛への愛、夜中でも出動できる気合、といった「非科学」的なものが役に立つ。

大雪4たとえば、子牛の下痢。

目の前の倒れた子牛の前で、科学的知見を述べることはあまり意味がない。

瀕死の子牛の治療には、助けるぞ、という強い気持ちが大事である。すなわち子牛への愛、飼主への思いやり、が何より優先されるだろう。獣医師にもこういう「非科学」的態度がなければ、子牛の治療はうまく行かない。

大雪5たとえば、乳房炎。

乳房炎についての科学は日々進歩を遂げているのに、いまだにこの病気が減らないのは、科学的な進歩が、なかなか現場の役に立っていないことを示している。

乳房炎多発の牧場では、科学的なデーターを理解してもらうこと、それ自体が難しい。

乳房炎を出してはいけないのだ、という意識改革をどうするか。牛の衛生面のデーターを説くのも必要だが、その前に、実際に搾乳する人々への思いやり、食品を生産しているのだという意識と、消費者等への気配りがなければ、事はうまく進まないだろう。これは「非科学」的な部分である。

   *   *   *

大雪31月5日から8日まで

十勝地方は大荒れだった。

うちの診療所は、防風林の風上に位置している(笑)

そのせいで、非常にたくさんの雪が吹き溜まる。

大雪2どうして、こんなところに診療所を建てたのだろう・・・

と、この時期はいつも思う。

「唯脳論」(2)

たとえば、『直線』はこの世に存在するのだろうか。

直線は、大きさや太さを持たない概念だ。

目の前の紙に直線を定規で正確に描いたとしても、それを顕微鏡で見れば、インクの染みた曲がった繊維であろう。

たとえば、『1+1=2』は本当なのだろうか。

これも現実というよりは、数学の概念だ。

現実は、1グラムのブドウ糖を正確に1グラム測ったとしても、1.0001グラムだったり、0.999グラムだったりしているのが本当のところだろう。

『直線』や『1+1=2』というのは、われわれの脳の中には有るが、その外には存在していないのだ。

      *     *     *

「獣医師は科学者であるべきだ。」と、よく言われる。

科学的な態度をもって仕事すべきだ、ということだろう。

科学的な態度をとることは、必要で重要なことだと思う。

しかし・・・

科学は、上記のごとく、われわれの脳の中の投射であり、どうしても現実とは馴染みきれない代物でもある。

それを忘れてしまってはならないのだ。

獣医学(科学)を勉強していても、なかなか目の前の病畜を治すことができないことも、われわれは良く知っている。

その原因はなにか。

臨床現場て、目の前の病んだ牛や馬が治せないのは、「獣医学すなわち科学の進歩が足らず、まだ発展途上であるからだ。」という考え方がある。

獣医学(科学)がもっと進歩すれば、治らぬ病気が治るようになるのだろうか。

獣医学(科学)は、私の周りで十分進歩している。

だから、私はこの考え方に、素直に賛成することができない。

その考え方には、科学オンリーあるいは科学最優先の態度がある、と思うからだ。

私は、臨床の現場では、科学は最優先されるべきではない、と思っている。

科学以外のもの

たとえば、感情、愛、精神、気合、思いやりの心・・・

臨床の現場では、そういうものが足りないから、牛や馬の病気が治らないし減らない、と私は考えている。

科学よりも、科学以外のものが優先された方が、健全な世界であろうと思う。

そして、そのほうが牛や馬の病気は治せるのではないかと思っている。

養老氏の「唯脳論」を読むと、繰り返し繰り返し、科学はヒトの脳の中の投射に過ぎない、ということを教えられる。

そしてまた、科学以外の感情、愛、精神、思いやりの心、といったものもまた同様に

われわれの脳の投射である。

どれを優先させるべきかは、それぞれ勝手だし

養老氏も、その優先順位などには全く言及していない。

が、私は

臨床の現場で、科学を最優先する態度には、はなはだ疑問を感じ

それ以外のものを優先したほうが、健全ではないのかと思うのだ。

そんなことを、「唯脳論」によってあらためて感じたのだ。

この項、もうちょっと続きます(笑)




「唯脳論」

5f21a5fb.jpg「形態学に立派な理論は無い。ノーベル賞もない。・・・元来、形に証明は無い。自明があるだけである。」

「脳は、顕微鏡的に見れば、神経細胞とグリア細胞、これに外からやむをえず入り込んできた血管という、三要素から成る。他にはなにもない。ないから不思議である。」

養老孟司氏の

「唯脳論」・「カミとヒトの解剖学」そして「バカの壁」

の3冊。

解剖学者だから当然かもしれないが、これほど、物事を良く見ている人はいない、と感銘した。

「一般に自然科学は、考えているのは自分の頭だということを、なぜか無視したがる。」

「人文科学や社会学の人たちは、脳と言えば自然科学の領域だと思っている。自然科学もなにも、そう思っている考え自体が、自分の脳の所産ではないか。・・・要するに、あらゆる科学は脳の法則性の支配下にある。それなら、脳はすべての科学の前提ではないか。」

「ヒトの作り出すものは、ヒトの脳の投射である。」

「自分の脳のことを忘れるのは、『客観的な』科学者には、きわめてありがちな傾向である。」

考えている理論やデーターの測定などの科学的な思考と態度が、自分の脳の所産であることを、忘れるというフレーズが

この3冊の本の中に、何度も出てくるのだ。

さらに養老氏は

心すなわち精神は、脳のひとつの機能であり、なにも特別な神聖なものではない、という。

「脳を解剖したら、そこに心が含まれているのか。」

という意見に対して、養老氏は

心臓の解剖を例に挙げて、こう述べる。

「循環系の基本をなすのは、心臓である。心臓が動きを止めれば、循環は止まる。では訊くが、心臓血管系を分解していくとする。いったい、そのどこから、『循環』が出てくるというのか。心臓や血管の構成要素のどこにも、循環は入っていない・・・心臓は『物』だが、循環は『機能』だからである。」

「心、すなわち精神は脳の作用であり、つまり脳の機能を指している。したがって、心臓という『物』から循環という『作用』ないし『機能』が出てこないように、脳という『物』から『機能』である心が出てくるはずがない。」

つまり、脳も他の臓器と同様であり、脳という構造と、心という機能がある、というわけだ。

そして、ヒトの心を主に扱う宗教や宗教体験について、養老氏はこう述べる。

「若い頃は神の存在についてよく議論した。しかし、いまでは問題にすることはない。五万年前から神はいたから、いまでもいる。それを幻想と呼ぼうが何と呼ぼうが、ヒトという種が、神の概念を抱えて生きてきたことは間違いない。神の存在は、いわばヒトの属性である。いわゆる神秘的体験も同じことである。」

ヒトの脳は、五万年前頃の化石から、ほとんど変化はしていないらしい。したがって、その機能として、ヒトの心に五万年前から神の概念があったのは間違いない、と養老氏は言っているのだ。

すなわち、神もまたヒトの脳の所産であり、ヒトはしばしばそのことを忘れる、のだ。

傍線を付けながら、一読しただけでは私の読解力では頼りないけれど、繰り返し似たようなフレーズが出てくることから、きっとこの辺が唯脳論の基本になっているようだ。

三冊のうち「唯脳論」がその総論を述べたもので、「カミとヒトの解剖学」はそれよりも実例の解説が多く、各論的である。

また、ベストセラーになった「バカの壁」は、前二冊より砕けた表現でさらっと書かれているが、先に前二冊を読んでからだと、ちょっと物足りなさを感じる。

しかし「バカの壁」には、養老氏の教育者としての考え方が強く出ていて、読み手の心を掴んで離さない魅力がある。

さて・・・

ではこの唯脳論に立って、我々の畜産の世界を眺めたら、どんな世界が見えてくるのだろうか?

ちょっと脳が疲れたので、この続きは次回に・・・(笑)


ワンちゃん

7e34f499.jpg文学界新人賞受賞作『ワンちゃん』、楊逸(ヤン・イー)著

第139回芥川賞受賞作『時が滲む朝』、楊逸著

二冊を手に入れて読んでみた。

わざわざハードカバーの最新刊にお金を出して取り寄せるなどめったにしない私なのだが、作者が中国人であるという点に惹かれてしまった。

   *     *     *

『ワンちゃん』は、日本人の男性と中国人の女性のお見合いツアーのコーディネーター。

このツアーに申し込みを入れてくる人たちは、みな切実な悩みを抱えている。

離婚経験がある人が多く、なおかつ家族や自分自身の今後のためにどうしても配偶者が欲しいという切実な理由・・・

面白かったのは、大都市(北京や上海)出身の中国人女性たちは、大抵日本の恋愛ドラマを見すぎていて、日本ならばどこでもにぎやかで現代的な町で、高級マンションに住んで、旦那が仕事に行っている間に、自分が高級アクセサリーやお洒落な服を身にまとい、カフェなどで友人とお茶したり出来ると思い込んでいるらしいということ。

日本人と結婚すればそんな優雅な生活ができるものと憧れてやってくるが、いざ現実は、住む場所は辺ぴな田舎で、旦那の年老いた親と同居して、日の出と共に畑に出て、日が暮れて家に帰れば、炊事片付けなどが待っている。

都会育ちの女の子には到底耐えられるはずもなく、失意の中で離婚して帰国するなり逃亡してしまうなりして、問題が起きる。

そこで、ワンちゃんは、見合いツアーのターゲットを、田舎育ちの女性に絞っている。

ワンちゃん自身も、ワケありで日本人男性と国際結婚している身だった。

コーディネーターの仕事も順調に進み、ワンちゃんはツアーに参加したある男性と頻繁に連絡を取り合うことになるのだが・・・

    *    *    *

『時が滲む朝』は、1989年6月4日の天安門事件の民主化デモに参加した学生の青春物語。

民主化運動に参加した大学生や大学教諭等指導者達の、青春、そして挫折、海外逃亡・・・そして現代につながる彼らの生活に対して、作者は温かな眼差しを注いでいる。

その一方で、ある登場人物には

「親から仕送りをしてもらって、何の心配もしないで、民主だの自由だの選挙だのと格好の良いことばかり言ってさ。女房も子供も養わなければならない俺らは愛国心だけじゃ生きていけないんだよ。」

などと言わせ、現代中国の悩みを描く。

ひところ流行った『発毛剤「101」』は、民主化勢力の資金源だったらしい事も書かれている。

「6.4・天安門事件」は現代中国を解く重要なキーワードなのだと再認識した。

中国本土では今でもこの事件の詳細に言及する事は憚られているようだ。

が、オリンピックの開催地になったり、世界経済に対して大きな発言力を持ったこの国において、もはやタブーで通せる事はできないだろう。

中国人作家の芥川賞受賞というのも、この賞の懐の深さを表しているようだ。

はっきり言って、前回紹介した138回受賞作『乳と卵』に比べたら

格段に読み応えがあった。

作中、尾崎豊の歌詞や

漢詩もいくつか登場する。たとえば甘先生作・・・

 東西柏林一垣横

 八九春風乱石平

 民主十歳今何痛

 連連紛争幾時寧

 

 一つの壁でベルリンは東西に隔たれ

  その壁は89年の春風に吹き飛んだ

  にも拘らず十年後の今何か痛む

  次々起こる紛争はいつ治まることやら

   *   *   *

私の診療区域でも、メガファームなどを中心に中国人の労働者によく会うようになった。

日本の牧場で働く中国人は多い。

それも女性のほうが多いのではなかろうか。

しかも私の知る限り、彼女達のほとんどが、うら若い20歳代の娘達。

まさか、日本人の男性との結婚を狙ってやってくるのではあるまいが(笑)

彼女達一人一人には、それぞれいろいろな事情を抱えているのかもしれない。

今度、時間があったらいろいろ聞いてみようか。

中国語で、「あなたはどこから来たの?出身は?」ぐらい、言えるようにしておこうかな・・・

もし私の娘が、外国の牧場で働きたい、なんて言い出したら・・・

私はたぶん賛成しないだろうなぁ・・・



 

乳と卵

「ぼくは、年2回の芥川賞作品は楽しみに読んできた。今まで印象に残っているのは・・・、・・・。・・・『みちのく』の諸君、俳句も文芸のうちだから、芥川賞・直木賞ぐらいは眼を通して欲しい。」

とおっしゃるのは、我が俳句雑誌『みちのく』の主宰、原田青児先生。

同人誌の末席を汚している私としてはとても耳の痛いお言葉で、今まで両賞の受賞作など全く読んでいない。

それに受賞作をわざわざ取り寄せてお金を払って買うのは、マスコミに煽られた割高な商品を買わされるような気もして・・・で結局読まずじまい。

しかし、今回の芥川賞受賞作の「乳と卵」は、そのタイトルに惹かれた。

そこで、我が俳句の師、原田青児先生のお言葉に従ってみることにした。

仕事柄、「乳」や「卵」とは毎日向き合い、毎日触っている物でもあるし・・・

もちろんヒトのそれではありませんがね(笑)

乳と卵Amazonの中古本が出ていたので、割安で取り寄せて読んでみた。

主人公の私は東京住まいの独身女性。その姉の巻子(39歳)とその娘緑子(りょくこ・10歳位)が、大阪から3日間の予定でやってきた。

巻子は東京で豊胸手術を受けるのだという。

巻子は私と女湯へいって汗を流しながら、周りの女性達や自分の胸を見るなどして、豊胸手術のウンチクを語る。

化粧する事と豊胸手術を受ける事を比べた議論なども間に出てくる。

巻子は出産してすぐ離婚したので、娘の緑子は父親を知らない。そんなことで母を憎み、一切口を利かず、ノートで筆談をしている。

母親と同じように生理がきて、女性へと変わってゆく緑子は、母親のようにはなりたくないと思っている。不安がいっぱいで大人になることを苦しがり、その苦悩などをひたすらノートに書き付けている。

2日目の夜、緑子は酔って帰って来た巻子に対して、「お母さん、ほんまのこというてよ、胸をおっきくして、なにがいいの、お母さんはなにがしたいの」と、体を震わせて、ついに口を開く。(このへんがクライマックス)

これに対して巻子は「ほんまのことなんてな、ないこともあるねんで、何もないこともあるねんで。」と答える。

翌日、しゃべるようになった緑子と、手術はまだしていない巻子は、仲良く大阪へ帰る。

二人を見送って帰宅した私は、生理が始まっていて、前日からシーツを汚したりナプキンを取り替えたりする描写が淡々と書かれ、最後のシーンはシャワーを浴びる自分の体を鏡でしげしげと見る。

「・・・真中には、胸があった。巻子のものとそれほど変わらぬちょっとしたふくらみがそこにあって、先には茶色く粒だった乳首があって、泣き笑いのようだった、低い腰は鈍くまるく、臍のまわりにはそれを囲むように肉が付いて・・・どこから来てどこに行くのかわからぬこれは、わたしをいれたままわたしに見られて、切り取られた鏡の中で、ぼんやりといつまでも浮かんでいるようだった。」

これで結んでいる。

登場人物はこの3人だけだ。

以下、感想

すらすらとした語るような、読ませる展開と文体なので

違和感も無く読んでしまったが、後から思うと

男の私には、未知な部分が多く、内容はなかなかエグイです。

女性の生理の「色気の無い部分」を公開された感じというのかな。

とにかくまったくと言っていいほど色っぽくない内容。

この女性達の会話には、巷の女性が普段表向きに見せている「男に対する性的意識(セックスアピール)」のようなものが全く感じられない。

そこが作者のねらいなのかもしれない。

主人公の姉の巻子はそんな内容の象徴である「豊胸手術」に向けてただマニアックに熱中する事にしか「生きがい」を感じることができない女性のようだ。

今、こういう女性ってけっこう多いのかもしれない。

だからむしろとても切実で、生物としての女性の「めんどくささ」がしっかりと描かれているように思った。

考えてみると、私の妻と二人の娘も、毎月訪れる生理に対してこういう作業を淡々と繰り返し、風呂場の鏡に我が身を映したりして、生活しているわけだ。

女性の舞台裏?を淡々と公開するような小説。

男性読者にとってはこの小説は、女性をより深く理解する?!相互理解の一助になるのかもしれないですね・・・

でもなぁ、医者や化粧品会社の社員ならともかく、こんな事まで知らなくてもいいよ・・・(笑)。

あともう一つ。

ヒトの女性の生理的な部分ていうものは、冷静沈着に描けば描くほど、牛や馬の雌の生理的な営みと大差が無いんじゃないかな、ということも感じましたね。

作品中の言葉を借りればそれは

「生きてゆく更新が音も無く繰り返される。」

ということか。

 

 

 

ハーズマン日記から(1)

ご存知の方も多いと思うが、Dairy Japan 誌 から出ている 「ハーズマン日記」 の著者、水口さんは私の診療区域内の農場で働くハーズマンである。

ハーズマン日記一冊手に入れて、事あるごとにページをめくっている。

読んでいると、往診中に牛に注射を打ちながら水口さんと雑談にふけっているような錯覚に襲われるのだ。

往診中の実際の雑談もとっても楽しいのだが、このハーズマン日記を読みながらの仮想雑談!?は、水口さんの語り口がいっそう軽妙で、しかも鋭く核心を突く、笑わせられながらも感心してしまうことが沢山あって、読みながらついつい時間を忘れてしまう。

ドキッとする文章もたくさん出てくるのだ。

今日はそんな中、酪農ヘルパー制度に言及したこの一文を抜粋する。

「最近は農協や共済組合、酪農関連メーカーも週休2日制の導入を進めているようです。しかしこれは本末転倒のような気もします。まずは酪農家が安定的に週休2日で働けるような体制をみんなで協力して構築する。酪農家をサポートする関係各機関がゆっくりと休むのはそれからです。・・・」 (P61 農村の異文化 より)

お盆も正月もない酪農という仕事に携わっている人の発言である。

我々関係機関の職員の襟を正す鋭い発言である、と同時に、ヘルパー制度の将来を見据えた建設的な意見だと思う。

たまにはポエム(2)

まど・みちお1909年生れのこの人の顔をご存知だろうか

「まど・みちお詩集」 ハルキ文庫 1998角川

ピンと来ない方が多いと思うが、「ぞうさん」「やぎさんゆうびん」「ドロップスのうた」「1ねんせいになったら」といった童謡の作詞者だといえば、おわかりだと思う。

「ぞうさん」は、まど・みちお氏が42歳の時の作だそうだ。

そんな氏の作で「馬の顔」という詩がある。

 

  馬の顔       まど・みちお

 

馬の顔を そばで見ていると

じーんと してくる

 

汗ばんだ肌が

夕やけて 息をするのが

地面の底からの 息のようで

私たち ぜんぶの生き物の

息のようで

 

円(つぶ)らな目ん玉が

はだかで うるんでいるのが

いま 神さまに

洗っていただいたばかりのようで

その神さまのお顔のほかには

なんにも映してはいなさそうで

 

じーんと してくる

生き物という生き物の生命(いのち)を

ひとり勝手気ままにしている人間の

その子どもである ぼくの胸は

 

魅惑の元禄時代(1688〜1703)

元禄本俳句詠みの「はしくれ」として、俳聖・芭蕉に興味を持つのは自然な流れである。

松尾芭蕉(1644〜1694)が生きた元禄時代に思いを馳せて、歴史の年表などをめくっていると、これがまぁなんと、同時代に生きた人達の顔ぶれの素晴らしく豪華なこと!

水戸光圀(1628〜1700)・・・黄門様の世直し行脚の一行は、芭蕉の風狂の旅姿と、きっと何処かですれ違ったに違いないのだ!?

徳川綱吉(1646〜1709)・・・天下の悪法「生類憐みの令」を発したバカ殿だと言われているが、写真の3冊の本を読んでみると、綱吉は決してそんな人ではないことがわかる。

柳沢吉保(1658〜1714)・・・綱吉と共に「大奥」の主役男!。悪役のイメージは、後世の政治家や歴史家によって付けられたようだ。

吉良上野介(1641〜1703)・・・忠臣蔵の仇役。元禄時代は平和なチャンバラの少ない時代だった。こんな時代はかつて無かった。

浅野内匠頭(1667〜1701)・・・平和な時代だからこそ、この人のこんな行動が目立ってしまったのだろう。辞世 『風さそふ花よりもなほ我はまた春の名残をいかにとやせん』 はいい歌だ、がフィクションらしい。

大石内蔵助(1659〜1703)・・・あんな事をホントにやるなんてすごい、元禄時代ではむしろ古いタイプの人だったのではなかろうか。辞世 『あら楽し思いは晴るる身は捨つる浮世の月にかかる雲なし』 これもフィクション臭い。

関孝和(1642〜1708)・・・英国のニュートン(1642〜1727)と同じ年とは驚きだ。微積分の理論はどちらが先に言い出したのだろうか。

渋川春海(1639〜1715)・・・関が理論派なら渋川は実践派、天文方創始者。囲碁の名手、勝負師でもある。

井原西鶴(1642〜1693)・・・芭蕉と同じく50歳そこそこで没。有名な文人はどうも貧乏で厳しい生活の人が多いなぁ。

近松門左衛門(1653〜1725)・・・同じ作家でも、劇作家は今で言う売れっ子放送作家だろう。

新井白石(1657〜1725)・・・綱吉の政治をこき下ろし、悪いイメージを与えた筆頭株の学者先生。彼の「正徳の治」のほうがむしろ失政なのではなかろうか。「生類憐みの令」の名誉回復をしていただきたい。

宮崎安貞(1623〜1697)・・・「農業全書」(1696)の著者。この本を書いて、翌年没。水戸光圀が絶賛し、米将軍吉宗の座右の書でもあったという。

まだまだいるけれど、うーん、ざっとこうやって並べてみても、そうそうたるメンバーだ。

17世紀後半の華やかな元禄時代を生きた人たち。彼らがお互いにどこかで影響を及ぼし会っていないわけは無いだろう。

あぁ・・タイムマシンに乗れるなら、今すぐにでもこの時代に行ってみたいなぁ。

町民文芸誌

町民文芸誌我が町の図書館で発行している「町民文芸誌」が発行された。今年で22号だ。

自治体の発行物ということでお堅いイメージがあるが、開いてみると、なかなかどうして、グラビアあり、小説、随筆、童話、紀行文、特集記事など、読み応え十分で時間を忘れてしまう。

実は私も10年来、この本の川柳コーナーに参加して末席を汚している・・・

今年の豆作の掲載作品は、以下の五句

 野球よりお喋り上手選手の子

 牛丼屋日本の肉じゃ成り立たぬ

 廃棄して北の大地が乳臭い

 秋篠家女系騒ぎに水を打ち

 ダム建ててあとは知らない景気策

過去、川柳以外に俳句や漢詩も投句したりしたのだが、どういうわけか編集委員からの依頼書には「川柳をお願いします」と、川柳の文字しかないのだ。

漢詩についてはかつて「このようなものは掲載できません」と、没にされてしまったことがあったし・・・(硬いんだよなぁ)

今回も発行早々、編集委員長のKさんが、わざわざ我が家まで一冊届けに来てくれたのだが、その時Kさんは玄関で曰く

「安田さん。いつもありがとうございますね。また川柳のほう宜しくお願いしますって、おじいちゃんにお伝えくださいね。」

毎年この調子なのだ・・・あのー・・・俺はまだ46歳なんですけど・・・

馬よ花野に眠るべし

馬よ花野に「花野」から始まったコメントの中で、ナキウサギさんが挙げてくれた本をネットで探し、取り寄せて読んでみた。

もう増刷されておらず、古本屋のネット販売にしか置いていなかった、が、それゆえに余計楽しみが増すというものだ♪

水上勉の小説を読んだのは初めてだ。

馬など一度も触ったことの無い主人公の肥田善六が軍馬「敷島」と出会い、敗戦後もその馬と一生を共にする生々流転の物語。

著者自身が、戦中入隊して初めて馬の世話をしたという経験があり、それを元にした物語なので、当時の記録性も高く興味深い。

日本の敗戦後、軍馬たちのほとんどが外国では置き去りにされ、国内においてもそれは同じで、食糧事情の悪化の中で殺されて肉になったものが多いといわれている。

そんな中で肥田善六は、運命の出会いをした「敷島」を捨てられず、世間から奇異の目で見られながらも、大金をはたいてこれを引き取り、農耕、運搬、などの下請け業として愛馬の活路を開いてゆく。

しかし、時代は自動車とトラクターの急激な普及により、せっかく開いた活路はあっという間に狭められ、連れ合いとも離婚し、主人公は世間から孤立を深めてゆくのだった。(我が町にも、かつてこんな雰囲気を持った馬屋のオヤジ、いたよなぁ・・・)

その後は神社の祭り馬、時代映画のエキストラ、結婚式場の観光馬車、・・・と、人馬一体のドサ回りをつづけた主人公は、「敷島」の病死の翌日、自らもその後を追う・・・。(我が町でも、かつて治療しても治らずに馬が死んだ数ヵ月後、後を追うように亡くなった馬屋のオヤジ、いたよなぁ・・・)

淡々とした語り口の中に、水上勉の筆力を感じつつ一気に読んでしまった。

今思うとでもこの「敷島」という馬は、当時で考えられる馬の仕事という仕事をすべて経験したスーパーホースである。こんな馬、実際はちょっとありえないかもしれない。

しかし、その流転の物語の裏には、作者の馬への哀悼の気持と、馬達がもっとこうなってほしかったなぁという、叶えられなかった作者の願望がひしひしと感じられるのだった。

 こしくにの山はかすみにおほわれて馬よ花野に帰りゆくべし  

                       <肥田善六の遺書の結>

映画化もしくは増刷をぜひ望みたい。

 

What is Japanese?(2)

タテ社会盂蘭盆を挟んで(今年は義母の新盆だし)、お寺にお参りなどを重ねつつ、「What is Japanese ?」 の言葉に、まだ取り憑かれている。

武士道に続き、以前一度読んで本棚に飾ってあった本

「タテ社会の人間関係」 中根千枝 著 講談社現代新書

を、思い出して再読。1966年初版。タテ社会という言葉を流行させた著名な社会人類学者のロングセラーで、ご存知の方も多いと思う。

これが又新鮮で、何度読んでも面白い。日本人社会と欧米社会の構造の特徴を、客観的に理論的に説明しその大きな違いを浮き彫りにさせている。

副題にあるように、「ウチ」と「ソト」を強く意識した、非論理的、感情的な日本人社会・・・。

畜産業界や獣医学会などに目を向けてみても、このことはよく当てはまり、当てはまりすぎて笑いがこみ上げてくるほどだ。

たとえば日本の牧場では、社長が従業員と一緒に違和感なく飲み食いするなど、家族的な丸抱えな付き合いをする(タテ社会)。一方、欧米の社長と従業員はそんなことはなく、社会的ルールや契約で付き合っているので、食事や懇親会などは、社長同志、従業員同志(資格によるヨコのネットワーク)だ。

獣医学会や大学のスタッフでも日本人は先輩後輩意識が強く、学生も「お家」の一員だ。しかし、欧米の大学スタッフは同じ科の同僚は一括してコリーグ(colleague)で、学生とは一線を画しているという。

国際化の波の中、欧米の影響をいっそう強く受けつつある、日本の酪農、肉牛、馬産、にはこの社会構造の問題が常に見え隠れしている。

この社会構造の違いを、自覚、あるいは自省していないと、今後の日本の畜産業界はあらぬ方向へ行ってしまうかも!?

そして、当然のように、私の職場である十勝NOSAIも、また然り。

武士道

武士道お座敷獣医師H先生のお勧め図書を読んでみた。

「武士道」 新渡戸稲造著 矢内原忠雄訳 1899

岩波文庫 青 118-1

17章から成り、著者の幅広い東西の知識と経験から、日本古来の思想である武士道をあぶりだしている。各章が簡潔で、論理的な筋立てがとても明快。この原文が英語だったということに驚く。外国人のために書かれたものだったのだ。

日清戦争の直後に書かれた物なのに新鮮な内容だ。しかし、この武士道がその後の日本人の皇民教育や太平洋戦争開始への思想的な下地になったことは、容易に想像できる。もちろんそれは、新渡戸博士の望んだ所とはまったくかけ離れたことだったに違いない。

戦後61年。高度成長が終り、経済至上思想が破綻した今、日本人が自分達の心の内を見つめ直すには必読の書かもしれない。

「日本人の心理を精察したらば、・・・、必ずやこの源泉の武士道にほかならなぬことを容易に確認しえたであろう。劣等国と見下されることを忍びえずとする名誉の感覚・・・」(16章・武士道はなお生くるか)

畜産業だけに限定しても、この本に書かれていることは大変示唆に富む内容だ。たとえば「誠」の章。「武士道は商業上の不名誉の流れを阻止するに無力であったか。その点を考えてみよう。」として、東西の実例を引き合いに出し「正直は最善の政策なり。」「結局正直が引き合うことを学んだのである。」と言っている。今の輸入牛肉問題や食品安全性論議において、武士道の精神が日本の畜産の精神的支柱になる可能性は無いか?

「花は桜木、人は武士」などといって、間違った戦争を引き起こし、ズタズタになってしまったように見える日本人の心。

バブルの崩壊から、経済至上主義が行き詰まり、心のヒーローやヒロインを求め、つくり上げられたヒーロー達にことごとく裏切られてきた日本人の心。

しかし、ここ数年のミュージックシーンにおける「さくらソング」(森山直太郎、河口恭吾、ケツメイシ、コブクロ、など)の連続ヒットをどう見るか。

新渡戸博士は「武士道は一の独立せる倫理の掟としては消ゆるかもしれない、しかしその力は地上より滅びないであろう。・・・その象徴とする花のごとく、四方の風に散りたる後もなおその香気をもって人生を豊富にし、人類を祝福するであろう。・・・」と、結んでいる。

続きを読む

ネイチャーコールズ

うんこ「NATURE CALLS」 岩合光昭写真集 小学館

一風変った野生動物の写真集である。

牛馬の大小便は見慣れている、というかそれを見たり触ったりすることを生業にしている私としては、こういう写真集にはとても親近感がもてるのだ。

おしっこ著者によると、某国のある書店の店頭に、この本を並べることを拒否されたそうな。

著者の岩合光昭氏をご存知の方も多いだろう、けっしてこういうネタ専門のお方ではない。世界的に活躍されている野生動物の写真家である。

しかし、著者はあとがきで、これは野生動物のウンコとオシッコの「芸術」の本であるといっている。

この言葉にも、私は親近感を持った。実は私は学生の時、学園祭で、自分のウンコの写真を半年撮りためて、形の良いものを選り抜いて「芸術品」としてスライド上映をしたことがあるんです・・・。これにはさすがに、友人、先輩、先生方の評価が大きく分かれたものだった。オマエは異常だと・・・。

しかしそんな中で、同級生だった馬医者修行日記のhig先生などは、スクリーンに大写しになった私の排泄物を見て大喜びしてくれたことを覚えている(笑)。

小説「輓馬」

「輓馬」「輓馬(ばんば)」  鳴海章   文芸春秋

じつはこの単行本、5年も前に職場の後輩M獣医師から借りたままで、やっと昨日から今日、まともに読み直し、読了したのでした(Mくんゴメン、お礼つけて返します

さてこの「輓馬」は、今年の第18回東京国際映画祭でグランプリなど4冠をとった映画「雪に願うこと」の原作、ということで、もう1度ちゃんと読んでみようという気になったのでした(動機がちょっと情けないですが)

しかし読み始めると、競馬場のシーンから次の日へ、そして主人公が帰る日まで、グーッと物語に引き込まれてゆくのです、情景も舞台も我家から車で15分足らずの所で、しかも季節はまさしく今開催中の帯広の冬、まるで今主人公や馬や厩務員さん達が目の前に居るような気分で読んでいましたよ、私も20代の頃一度、開催前の輓馬の厩舎へお邪魔して昼飯ご馳走になったことあったしなぁ

「競馬は人生のようだ」という寺山修司の言葉を思い出しました(「人生は競馬のようだ」では無いところがミソ)、輓馬の第1障害が20代で、第2障害が40代、と、たとえる所に大きく感銘した、私も今、人生最大の第2障害を越えようとしてるのかな、とも思えるのです、途中で息切れしそうなのだけど・・・しかし

「何も難しく考えることない。お前はもっと自分に自信をもっていいのさ。自分らしくいれば、それでいいってことよ」 という矢崎調教師の言葉が心に沁みるのです

あぁ、なんだかまた、重輓馬のの体に触りたくなってきた・・・映画「雪に願うこと」はいつ来るのだろう、来たら必ず見に行こう、矢崎厩舎のウンリュウやシャドーキング役の馬たちの演技も見たい所だ、それと・・・エリモホマレ・・・でもこれは映画では見れないかな(笑)

 

はんかく彩さん

十勝の大樹町というところの短いシッポ酪畑兼業農家の奥さんが書いた面白エッセイである、子供のこと、牛のこと、旦那や親そして自分のこと、を思う気持ちが、切れのよい短文に乗って、読み手にびんびんと伝わってきます

田舎の人が読んだら、そーそーわかるよと言いそうで、町の人は読んでちょっとびっくり、かもしれない

私が毎日往診に回っているウシ屋の奥さん達も、似たようなこと考えているのかなー、などと思いながら何度も読み返しましたよ、農業を一生懸命支えているのは将にこの人たちなんだね!

エッセイとはこう書くものか、と感心させられる箇所も沢山あったなぁ・・・文章ホントうまいね・・・ともあれ、つべこべした解説は抜き、一度読んでみなって感じです

 「短いシッポ 〜教科書に載っていないホントの農業」  はんかく 彩 著

                                      定価 1,500円 

  <取扱先> 株)ザ・本屋さん本部 0155-23-5991

 

転校生

先週十勝でベスト8まで勝ち抜いたウチの息子達の新人チームは、その翌日の試合に負けてしまい、今年の全道大会への夢は絶たれてしまいました、後援会長として非常に悔しくて(笑)、しばらく仕事中でも負け試合の悔いの残るシーンが頭を離れませんでしたが、まぁねぇ、しょせん子供のやることですからー、怪我もなく終われてよかったということにしておきましょう・・・

そんなことで土曜日曜が暇になったのです、ヒマな時はやはり読書がいいですね

 「きよしこ」 重松 清  新潮社

重松清は1963年生まれ、私とほぼ同世代、さらに親近感が沸くのは彼が父親の仕事と家庭の事情で小学校、中学校と転校を繰り返したという所

私も小学校を2回、中学を1回変わっていて多感な時期を転校生で過ごしてきた、その転校生のせつない気持ちがこの「きよしこ」という重松の少年時代の自叙伝的な小説にふんだんに盛り込まれているのです、幼き日の私がこの小説の主人公とダブりにダブってしまって、もう私は、読んでいて胸がいっぱいになってきたのです

20代の頃私は、恥ずかしながら、転校生の自分を主人公とした小説のようなものを書いてみたいなぁと思っていました(笑)でもたいした文才もモチベーションも上がらぬまま悶々と俳句などでごまかしていたんですが(転校生をテーマにした俳句の連作は作ったことあったけどね)それがいま、重松の作品に出会ったことで、胸のつかえがおりたような気がしています

重松の小説の大きなテーマの一つは「家族」・・・2世代同居の大家族が減り、核家族化し、転勤転校、離婚再婚、があたりまえになって来た今、昔の文豪の作品には出てこない「家族」しかも、女親ではなく男親と息子という視点から見た「家族」は、今の私にとって「仕事」と同様の最大のテーマの双璧であります

 「それがほんとうに伝えたいことだったら・・・・・・伝わるよ、きっと」 (「きよしこ」より)

しばらく重松にはハマりそうだなぁ・・・

スポーツの秋

私はこれといって特に得意とするスポーツはない、長く続けていたスポーツがないのです、中学でバスケット、高校で山登り、大学では山を挫折して朝野球を少し、そんなもんでして、今思うとあぁもっとスポーツ真剣にやっとけば良かったなぁと言う後悔の思いが沸いてくるのであります

その反動なのでしょう、子供達がスポーツに打ちこんでいるのがとても嬉しく、親バカになって後援会活動に励んでいる私です、今日も息子の野球の十勝大会を観戦、1回戦を勝ち上がり十勝地区ベスト8までこぎつけました♪、自分がやるわけでもないのに何でこんなに興奮するのか可笑しいぐらいですよ、明日は昼から2回戦、さてどうなることやら・・・

子供のスポーツがないときは、テレビの観戦はもちろんですが、最近はハマっているのがスポーツ関係のエッセイやノンフィクションものを読む楽しみ、今日読み終えたのは

 スポーツを「読む」   重松 清 著  集英社新書

これはもう日本の一流のスポーツノンフィクションライターのオンパレードの解説書、この本を道標に私の「スポーツ読書」の幅を広げて楽しんで行きたい、なんだか大海原へ航海し始める気分でありますよ

この本には残念ながら取り上げられていないけれど、私は溝手孝司という札幌在住のスポーツライターと親しく年に一度は酒を飲んでいる、これがまた読むスポーツや見るスポーツとは一味違う、聞くスポーツというか語り合うスポーツとして非常に楽しいジャンルなんです

正しいスポーツオヤジ(椎名誠風)になるというのは私の一つのライフスタイルの目標でもあるのです・・・っていうかまぁただ好きな事してたいだけですが(笑)

 

石川啄木

秋というわけではないけれど(まだ暑いし)最近よく本を読む

「新編・石川啄木」 金田一京助 著 講談社文芸文庫

同郷の幼なじみの文学者が語った天才詩人は、中学時代はものすごい「真似っこ」だったという、いいと思う人になりきってしまう、その頃の彼の作品は回りが辟易するほどのパクリの作品ばかりだったという

でも天才とは真似の天才ともいえる、真似できることがすごいし、真似ることができたらたらもう追い越すのも間近と言うこと、あのイチローだってあこがれる打者の真似をしながらレベルアップしていったというし、いろいろ真似できるから天才なのだ

「あいつの真似はとてもできないよ」という言葉は凡人の吐く言葉なのだ、天才はこういうことは絶対に言わない、真似できちゃうんだからね

ところで、この本で一番励まされたことは、米も買えない啄木の極貧生活である、私の生活なんて啄木に比べたら天国である・・・いたっておこがましく、全くつまらない比較ではありますが・・・有難いことですよ(笑)・・・読後感はまずもってこれだったのでした

季語と仏教

この頁にリンクを貼らせてもらっている無明さんの「徒然記」で紹介されていた本

「日本仏教がわかる本」 服部祖承 著  

を取り寄せて読了、とてもわかりやすい言葉で、見開きで読める簡潔な文章、しかも全く宣教臭くなくて、さすがに77歳の高僧の書かれた本だなぁと感心しながら、一晩であっという間に読んでしまった、読後感も非常に爽やかでどこか懐かしさが漂う・・・

いまさら言うまでもないことだけれど、俳句の歳時記には仏教に関係の深い季語が多く出ていて、とても覚えて使いこなせる量ではないのだ、別にそういう季語を使いこなせなくても、俳句は作れるのだけれど・・・やはりそれでは浅いのだ

俳句の季語は日本人の生活から生まれてきたものであり、日本人の生活が仏教と深くかかわりながら歴史を刻んできたことがよくわかるのです、「彼岸」や「お盆」や「除夜」などという季語は、日本人の心に染み付いている大きな季節感であります、歳時記をめくっているとこういう、心に染み付いた季節感を持つ言葉がきりのないほど出てくる、そしてそれが5世紀に伝来したという仏教と非常に深いつながりを持っている

他の宗教とは比べ物にならないほどの圧倒的なつながりがある

季語の意味を深く理解して俳句を実践してゆくためにも、日本仏教を学ぶことは大切なことだなぁと痛感しましたよ

前にも書いたけれど、私の実家は臨済宗の檀家だった、しかし母がクリスチャンだったために祖母の死を契機に、安田家は仏壇を焼いてしまった、当時大学生だった私には仏教よりもキリスト教の方が身近なものだったんです

だからこの「日本仏教がわかる本」を読んで、祖父母の家に遊びに行ったときのような懐かしさを感じたのですね

Profile
ギャラリー
  • 牛は泣き虫
  • 牛は泣き虫
  • 牛は泣き虫
  • 診療車のクラクション
  • 診療車のクラクション
  • 「とかち文化まつり」開催中!
  • 「とかち文化まつり」開催中!
  • 「とかち文化まつり」開催中!
  • 「とかち文化まつり」開催中!
蓄 積
1日1回クリック宜しく!

願援助為自己満足
livedoor 天気
訪問者数
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

感 謝
牛馬語の俳句

  • ライブドアブログ