DVC00235私と妻が家で使っている湯呑みの数々

欠けているものもあり

プライベートを曝すようでちょっと照れくさいが

どれにも愛着がある。

湯呑みを使うのは、ほとんどが緑茶を呑む時である。

緑茶を呑むための容器なのに

茶呑みとは言わず、なぜか、湯呑みと呼ぶ。

DVC00234次なる写真は

私と妻が家で使っているカップの数々

これまたそれぞれ

どれにも愛着がある。

これを使うのは、コーヒー、紅茶、ミルク、などを飲む時である。

緑茶をこれに入れてのむことは、まず、ない。

さて、先日

湯呑みで緑茶を呑んでいて

ふと、ある事に気が付いた。

それは、緑茶を湯呑で呑んでいると

手のひらにじわーっと、茶の温もりが伝わってくる、という事だった。

湯呑で緑茶を呑むという行為は、緑茶を口に含む事だけではなく

手でその温もりを感じる、という作用があることに気付いたのだった。

これに対して

コーヒーや紅茶やミルクなどを、湯呑みで呑むことは、まず、ない。

コーヒーカップやティーカップを用いて、それらを飲むわけだけれども

その時、その温もりを手のひらに感じながら飲む、という事が

カップで飲む飲み物には、ないのである。

カップで飲む、という行為は

飲み手の手には、その温もりは伝わってこないから

単純に、中に入っている飲み物を口に含むためだけの行為と言えるだろう。

だから、何なのよ?

と言われるかもしれないが

私は

コーヒー、紅茶、ミルク、などを

カップで飲む事に比べて

緑茶を湯呑みで呑む

と言う行為の中に

とりわけ、奥深さのある事を

感ぜずにはいられないのである。


人気ブログランキング