北の(来たの?)獣医師

北海道十勝地方で牛馬を相手に働く獣医師の最近考えていることを、 散文、韻文、漢詩 でつづったものです。

動物の生と死

病畜処理施設

十勝化成場気になる病畜が1頭斃死したので

剖検をしに、病畜処理場(十勝化成事業所)へ行った。

病畜処理場は食肉になることのできない家畜が運ばれてくる所だ。

食肉になる健康な家畜は生きたまま食肉検査場(いわゆる屠畜場)へ運ばれて屠殺されて食肉になるが

屠畜場の外で斃死した家畜は食用にすることはできないから、病畜処理場へ運ばれる。

また生きていても病気で治る見込みのない家畜や薬を投与されて出荷制限期間中の家畜を処分する場合も、この病畜処理場へ運ばれる。

目当ての病畜が搬入するまで時間があったので、化成事業所長のSさんにお話を伺った・・・

「年間でどれくらいの頭数の牛が処理されるんですか?」

「大雑把に言っておよそ2万頭ですね。24ヶ月以上のBSE検査対象牛(大)がおよそ6000頭、3ヶ月以上24ヶ月未満の若牛(中)が約4000頭、3ヶ月未満の子牛(小)が約11000頭くらいです。」

「ここの化成場の十勝管内のシェアはどれくらいなんですか?」

「うちが約55%、K産業さんが約45%。十勝では今この二つしかありません。」

「ということは、十勝管内で1年間に処理される病畜は、ざっと4万頭ということになりますね。」

「はい、そうですね。管内で飼われている牛のおよそ1割が病畜処理されているとも言えるんです。」

「すごいですね。搬入される牛の数の季節的な変動はありますか?」

「それはあります。やはり気候が厳しいときが多いですね。24ヶ月以上の(大)は夏の暑い盛りが搬入のピークです、それに対して冬の寒さが厳しいころは3ヶ月未満の子牛(小)や胎児がピークになります。」

「なるほどー、わかりますねそれ。親は暑さに弱く、仔は寒さに弱い、というわけですね。うーんわかるなぁ。」

「今頃もまだ子牛が多いですよ・・・。」

「処理された病畜から何が出来るんでしたっけ?学生時代に授業で見学に来た時は、たしか油で揚げる?!とか聴いたのを憶えているんですが・・・。」

「まあそうですね、その上澄みが骨油といって燃料になります。沈殿物のほうがいわゆる肉骨粉で、BSE問題が出る前は肥料になっていましたが、今は補助金がでていて全て焼却しています。」

「なるほど。」

「あと主なものは皮ですね。皮はいったん外国へ行って、安い労働力で鞣(なめ)してから、また再輸入されるそうですよ。」

「なるほど。」

「それから、肉や内臓は、動物園へ運んでいます。」

「肉食獣のエサですね。」

「そうです。」


 

死廃診断書

昨日から今日まで、いつものように往診が1日7〜8件ずつあったのだが

その内容は、死亡・廃用事故が随分多かった。

無い時は、数日まったく書くことのない死亡・廃用の診断書を

この2日間で8枚も書いてしまった。

その内訳は

 

1枚目・・・F1の子牛の死産、胎児死。

2枚目・・・経産牛の右球節関節炎で起立不能、3号廃用。

3枚目・・・経産牛のダウナー症候群で起立不能、死期切迫。

4枚目・・・子宮捻転で帝王切開後、一般症状悪化、死期切迫。

5枚目・・・乾乳牛が股関節脱臼で起立不能、3号廃用。

6枚目・・・5枚目の牛の胎児、母牛の死亡に伴う胎児死。

7枚目・・・難産で出した双子の1子目♀の胎児死。

8枚目・・・難産で出した双子の2子目♂の胎児死。

 

死廃事故の診断書は

なぜか書く時は、どんどん増えてあっという間に沢山書く羽目になるものだ。

連鎖反応するのだろうか??

畜主と獣医師は、いつも全力を尽くして牛の病気を治療あるいは予防しているのになぁ・・・

ただ、今回の診断書の嵐は

治りそうもない病状の牛をかかえたままで年越しをしたくない

なんとか年内に処分してすっきりしたい・・・

という飼主の気持ちが若干影響しているとも思われた。

保険屋としての獣医師の仕事も楽じゃない・・・

「死」という文字に慣れてしまっている。

牛のこういう死に方を診るのは、何年経っても気持ちのよいものではない。

 オーマイガー・・・

 南無阿弥陀仏・・・

 南無妙法蓮華経・・・

我が家の仏前にある聖典の、最後のページには

以下のような、七言の漢詩が記されている。

   四 誓

 衆生無辺誓願度
 煩悩無数誓願断
 法門無尽誓願知
 仏道無上誓願成

合掌。

 

香典台帳

私の向かいに座っている先輩獣医師との会話。

 「◆さん。香典台帳・・・書くの終わったら回してくださいね。」

 「はいよっ・・・今日は沢山あるねぇ。」

 「俺なんか、親牛の御通夜ばっかり、3件すよ。」

ここで言っている『香典台帳』とは

もちろん人間様の台帳ではなく

『家畜共済死廃事故発生簿』のことである。

◆さんと私は、いつの間にかこう呼ぶようになった。

 「はいどうぞ。謹んでお悔やみ申し上げます・・・」

 「どうも・・・」

NOSAIの獣医師は、病気の治療や予防ばかりが仕事ではない。

死亡事故の確認という仕事がある。

先日の親牛に続いて、昨日も子牛の死亡事故を3件確認してきた。

病気の発生もそうだが

死亡事故も、続く時は続くものだ。

合掌・・・

 

台風や低気圧が通り過ぎた時は

香典台帳への記入が多くなるような気もする。

 

 レンズ雲残し台風去りにけり

供養とは何か

供養について、もう少し考えてみた。

「供養」を英訳ソフトで訳してみた。

ヤフーの翻訳では・・・  供養 → A memorial service  と出た。

 記念式典? 追悼式? ちょっと意味が違うようだ。

ライブドアの翻訳では・・・  供養 → Mass for the dead  と出た。

 死者のためのミサ? ということか。

いずれにせよ、供養という言葉を英訳すると、みな死者(人間)に対する行為に限定されてしまう。

畜魂碑などを建てて、死んだ「家畜」を供養をするという行為は、欧米ではありえないのだろう。

欧米では、人間とそれ以外の命は断絶していて、人間以外の命はみなエデンの園にある。

前世が牛だったり、来世が桜だったりすることは、ありえないのだ。

これに対して日本人の「供養」の心は、人間に限ったものではなく、動物や草木など、命あるものすべてが対象になる。

そればかりか、「針供養」などのように、縫い針を豆腐に刺してその労をねぎらう習慣まである。命あるものばかりではなく、針のような無機物でさえも、供養の対象になっているのだ。

ここが、欧米との大きな違いだ。

「供養」を国語辞典(新明解国語辞典・三省堂)で引いてみる。

 供養 → 仏前や死者の霊前に有形・無形の物を供え、加護を願い、冥福を祈るための祭事を行なう事。

繰り返すが

日本人のもつ供養の心の対象は、人間のみに限らない。

巷にたくさん建てられている「畜魂碑」の存在こそ、その証拠なのである。

生類憐みの令(4)

平成19年(2007)春。かくして、五代将軍綱吉のお忍び行脚が始まった。

ホテルニューオータニのフロントから見送られた一行は総勢5名。

綱吉とその付き人2名(仮にS氏K氏)は後ろの座席。黒塗りの自動車の運転手兼案内役のY氏。助手席に私である。

将軍の御召し物は・・・何せチョンマゲである。現代の服装ではかえって疲れるだろうという配慮から、羽織、袴、烏帽子、旅草鞋、というスタイル。この格好がお一人だと浮いてしまうので、残りの4名も同じような格好をする事になった。私も慣れない古風なスタイルにちょんまげのカツラをかぶらされた。

こういう格好で東京の街を歩くと、周囲からは、かえって時代劇のロケか、お笑い番組の収録か何かだろうという目で見られるだけでかえって怪しまれないだろう、という判断らしい。(私は助手席なので一番目立つんですけど・・・)

綱吉 「街中に馬がおらんのう。この馬の代わりの自動車という乗り物は、地下より掘り出す油を使って動くらしいが、そのような油では限りがあるのではないか。代わる物の用意はあるのか?。あくどい商人どもに買い占められぬよう、心せねばならんな。」

将軍は好奇心旺盛である。

綱 「馬もそうだが、犬もおらぬ。たまに引き連れている者を見るが、皆よく躾けられて、野犬のようなものは一匹もおらんな。うーむ、愉快じゃ。捨て馬や野犬のいない街並みというものは、余が理想とした街の姿じゃ。この世の民衆は、生類憐れみの心が通じておる。良き事ではないか。」

付き人S 「しかし、民衆は上様のお心をそうやって実践しているのに、なんで、生類憐みの令は悪法として名高いのでしょうね。解せませんな。」

付き人K 「今の民衆は、上様がお世継ぎ欲しさに犬を溺愛した、と教えられているのです。ご長男を亡くされた上様は、隆光という僧侶から『こうなったのは上様が前世に殺生しすぎたからです。お世継ぎが欲しければ、これ以上殺生せず、生類をいつくしみなされ。とくに上様は戌年なので、特に犬をいつくしみなされ。』といわれ、それを真に受けて、生類憐みの令を発したと・・・」

綱 「なにをタワケた作り話を広めておるのか!余が隆光という坊主を知ったのは貞永三年(1686)だが、憐れみの令はそれよりも前から幾度も発令しておる。それに、余は政治に儒学を深く取り入れている儒学者である。儒学に篤い余が、仏教の坊主の助言ごときに心を動かされるわけがないじゃろうが!」

豆作 「ご本人がそうおっしゃっているのだから、間違いありませんね。」

綱 「当たり前じゃっ!」

豆 「しかし、お言葉を返すようですが、悪法だと言われる理由がまだあります。犬を殺したからという罪で、その人が切腹させられるのは、行き過ぎでは無いのですか?」

綱 「以前にも言ったはずじゃ。当時は世の中が殺伐としておった。耶蘇(キリスト)教を信じている、と言うだけで殺された者は数百名にも及んだのじゃ。生類憐みの令の咎めを受けて死罪になった者は、それに比べてたったの13名に過ぎん。キリスト教禁止令のほうがよっぽど行過ぎた悪法であろう。しかも憐れみの令を犯した罪人は切腹が多いのじゃ。切腹というのは武士道においては名誉の死である。何を行き過ぎたことがあろうか!豆作とやら、其の方、もうひとたび武士道を学び直して参れ。」

豆 「はっ、恐れ入りましてございます。」

       *       *        * 

案内人Y 「そろそろ、新宿ですよ、ちょっと車を降りて、気分転換でもしましょうよ。」

一行は、車を駐車場に置き、新宿御苑へと足を運んだ。爽やかな春のそよ風が吹いている。

ちょんまげ頭の一行と御苑の風景が、妙にマッチしている。

綱 「おお、桜が咲いておるぞ。いつの世も桜花というのは良いものじゃのう。」

付き人S 「久方のひかりのどけき春の日にしづ心なく花のちるらむ・・・古今集は紀友則の歌でござる。」

付き人K 「願はくば花の下にて春死なむそのきさらぎの望月のころ・・・西行の歌でござる。」

案内役Y 「さらば友よまたこの場所で会おう桜舞い散る道の上で・・・森山直太朗の歌でござる。」

綱 「うむ。我が国の民は桜を愛しておる。桜の美しさと、はかなさをよく解し、桜を憐れみ、同情を隠さぬ。これが我が国古来の生類に対する憐れみの心というものじゃ。」

豆 「なるほど。じつは、欧米人も桜を愛するといいます。ですが、かれらの花の愛で方というのは、日本人と違って下心があるそうです。これだけ満開の桜が咲いたのならば、さぞや沢山のサクランボが取れるだろうな、という下心があるそうです。」

綱 「欧米の民は、心が浅ましいのう。」

豆 「確かに。でも合理的な考え方ともいえますね。彼らが花をいつくしむのは、サクランボを沢山取るための手段なんですよ。」

綱 「花を愛でるのに理(ことわり)など持ち出す事もあるまいに。花を愛で、いつくしみ、憐れむ。それ自体が望みであり、それより先はなくてよいじゃろうに。」

豆 「そうですよね。花を愛でていつくしむ。それ自体がが目的でいい。・・・私は常々思っているのですが、牛や馬も、健康である事を愛でればよいと思うのです。健康であること自体が目的でいい。それより先の下心は要らないと思うのです。」

綱 「うむ、そうじゃ、其の方たまには良いことを言うではないか。・・・余の生類憐れみの令の真意はそこなのじゃ。生類を憐れむべし。それでよいのじゃ。その心に裏は無い。・・・ところが、後の世のたわけどもが、余の真意を理解せずに、世継ぎが欲しかったからだの、坊主にそそのかされただの、つまらぬ動機や心にもない裏の意を引っ付けおって、余の清い哲学が台無しにされておる。」

付き人S 「しかし、上様。いまこうして新しい江戸(東京)の街を歩いておりますと、上様のお考えが、しづかに広まっている事は間違いないでしょう。」

綱 「うむ、まぁ、まだ僅かではあるがな。とりあえず、良しとしておこうか。ハッハッハッハッハッハッハッハッハッ・・・」

(次回へ続く)

生類憐みの令(3)

ブログにこんなテーマを書いていたら、なんと、5代将軍綱吉がタイムマシンに乗って現代の東京にやって来たという怪情報を得た。

東京のホテルニューオータニのVIPルームに泊っているらしい。ということが判り、無謀にもアポを求めた私(豆作)は、なんと幸運にも数百倍の籤に当選してしまった。

監視人の目があちこちで光るホテルの最上階。さすがに少しビビリながら、綱吉将軍が泊っているというVIPルーム部屋のドアを叩いた。忍びの身でも、VIPルームというのがさすがに大物だなぁ、などと考えながら・・・

豆作 「失礼いたします。」

綱吉 「うむ。余は今回、忍びで2007年にやってきた身のゆえ、苦しゅうない。中へ入れ。入ってそこの椅子に腰かけておれ。」

豆 「はい。大変失礼いたします。」

綱吉は、薄型のデジタル液晶テレビを食い入るように見つめていた。画面には華やかな着物を着た大奥の女優達が映っていた。綱吉は機嫌が悪そうだった。

綱 「さっきからずっとこの芝居を見ておるのだがの、どうも面白くない。余の役柄と言葉がことごとく軟弱で、腑抜けで気弱なバカ殿様のように描かれておるではないか。おまけに、余の周囲のものはみな、世継ぎのことばかり考えおって、今の世をどうするのかという、余が最も悩みぬいた政治(まつりごと)の事はさっぱり描いておらん。まったく、世継ぎができぬ者の不幸に付け込んだだけのつまらぬ芝居をこしらえおって!今もし余が忍びの身でなければ、こんな芝居の制作に関わった者どもをまとめて流刑とし、責任者は即日死罪を申しつけるところじゃがのう。」

豆 「・・・。ま、まぁ、上様。チャンネルをお変えになったほうが、よろしいかと思いますが・・・。」

綱吉は腹立たしげにリモコンを押して画面を変えた。すると、今度は、黄色い頭巾をかぶり、茶色い杖をもって大笑いしている老人が画面いっぱいに写った。

綱 「ん?なんじゃ?・・・水戸の叔父上(おじうえ)ではないか。」

水戸黄門のクライマックスを見終えた綱吉は、また機嫌が悪くなったようだ。

綱 「叔父上ばかりが随分と格好の良い芝居じゃのう。それにたいそう腕の立つ若者を二人も連れておる。助左衛門?格之進?知らんなぁ・・・そんな若衆は実際には連れておられなかったはずじゃ。それに叔父上は全国行脚などしてはおらぬぞ。せいぜい常陸の国の中を歩かれたのみじゃ。偽りの多い芝居よのう!こんなものを全国へ垂れ流しておるのは何処のどいつじゃ、ひっ捕えて・・・」

豆 「ま・ま・・・上様、そ・そうですよ・・・芝居とはしょせん作り物です、偽りだらけ。あまり本気になさらぬほうがいいかと思いますよ。・・・あ、そうだ、上様へのご挨拶がまだでした(汗)」

豆作は、じゅうたんに額を付けて、綱吉にあらためて挨拶をした。

豆 「上様はじめまして。本来であれば、私がタイムマシンで上様の御代まで参るべきところを、わざわざ上様のほうから・・・」

綱 「なにをたわけた事を言っておるのじゃ、タイムマシンを動かすにはな、莫大な費用がかかるのだぞ。其方のような貧乏な牛馬の獣医師ごときが、やすやすと動かせる代物ではないのじゃ。将軍である余こそ、こういう乗り物を用意させ、それにに乗る事ができるのじゃ。わかるか。」

豆 「ははっ。まったくその通り。恐れ入りましてございます。」

綱 「うむ。ところで、ここでこうしてエレキ画面の芝居ばかり見ておってもな、まったく面白くないどころか、腹が立ってくるだけじゃ。・・・そろそろ、宿の表に出て、余が治めた江戸の町が、2007年にはどのようになっておるのか、この目でしかと見てみたいものじゃ。皆の者!外出の用意をいたせ!」

部屋の内外、あちこちから、どうやってこんなに隠れたのか!と思うくらいのガードマンや関係者がでてきて、綱吉の外出準備を始めた。

豆作も付き人の1人となるようにおおせつかり、綱吉のお供が出来ることになった。これは大変名誉な事である。

  (次回へ続く)

生類憐みの令(2)

もうしばらくすると日本列島を、桜前線が通過する。

桜前線は、日本人の心を春色に染めながら北上する。

ある外国人が、ラジオ番組のなかで

「日本の人たちは、心から桜を愛している。その花の下に集まり、弁当を広げていつまでも眺め、歌い、酒を酌み交わす。さらに、花が散ってゆく姿を愛し、まるでわが身を投影しているように桜を愛でるのだ。」

と言い、さらにこう続けた。

「欧米人も桜の花を愛でる。だが、彼らには必ず下心がある。これだけの花が咲いたからには、さぞや沢山のサクランボがとれるだろうな・・・、と。」

日本人の桜の愛で方には、そんな下心が無いから素晴らしい、とこの外国人は言っていた。・・・褒めすぎ?!

さて、そこで、生類憐みの令である。

ひとつひとつの御触れだけ見ていると噴飯ものの御触れもあるが、それらの根っこにあるものは、生類を憐れむべしという心である事は間違いない。

憐れむとは、哀れみ、同情の心であり、日本人の美意識に深く通じる心である。

生類に我が身を投影して、同情し、一体となってゆく考え方が根底にある。

欧米人の考え方には、この「憐れみ」の心が薄いように思われる。

彼らの場合は、生類を「利用」しようという意識が強い。

欧米人の考え方には、人間と他の生類の間には厳然とした区別があり、他の生類は神(God)が人間のために与えてくれたものであるというキリスト教の考え方が根底にあるようだ。利用はしても、同情はしないのだ。

これに対して日本人の憐れみというのは、他の生類との区別が無い。前世は犬だったとか、来世は馬になるかもしれない、という仏教の輪廻の思想も手伝っているようだ。生類を利用すると同時に彼らを憐れみ同情するのだ。

食事の前の「いただきます」も、このあたりの意識から生まれてきた言葉であろうと思う。

さて、現代の日本の畜産業はどうだろう。我々の仕事場である日本の畜産界は誰の目にも「欧米化!」していることは、疑う余地が無い。

生類を出来る限り有効利用しようと、日々知恵を絞っている。

しかし有効利用しようとすればするほど、どこかに弊害が起こったり、しわ寄せが生じたりしているのもまた事実である。物質的にも精神的にも、である。

生類を利用しようとする意識が強い欧米の思想を、日本人が取り入れる場合には注意が必要であると私は思っている。

日本人の古来から持っている生類に対する考え方を、もっと意識化し、自覚すべきなのである。

欧米の畜産技術を丸呑みして消化不良を起こさないために、我が身のありようをチェックする必要があるのだ。

そうした上で、欧米の畜産の良い所だけを学んで吸収すればよい。

日本人の古来から持つ生類に対する考え方を、「生類憐みの令」は鮮明に映し出しているのではなかろうか。

この古い法令の名前は、誰もが義務教育で学習しているし、皮肉をこめて(笑)日本人の誰からも愛されている(!)非常に有名な法令である。

日本の畜産界は今こそ、徳川綱吉の遺産である「生類憐みの令」を見直し、現代に生かす時なのではなかろうか。

生類憐みの令

綱吉松尾芭蕉の生きた元禄時代は、5代将軍綱吉の時代だ。

綱吉は芭蕉より2歳下の1646生まれ。

綱吉の発令した「生類憐みの令」は憲法のように成文化されたひとつの法律ではなく、断片的な関連法令群のことであった。

芭蕉知られているだけで135回(うち、犬関連33回、馬関連17回、鳥関連40回、その他動物関連45回)にのぼる細かい指示、たとえば「犬を切り殺してはならない」「犬を商売する者を届け出よ」「城内での鳥・貝・海老の使用を禁ず」「病気の馬を捨ててはならない」「馬の筋を矯正して、こしらえ馬をしてはならない」などといったものを、後世の歴史家が研究上まとめて「生類憐みの令」と呼んでいるに過ぎないのだ。

その本当の目的は、綱吉以前の殺伐とした武士の社会からの脱却、武力の支配から法と文化の支配へ(文治政治)という画期的な目的を持っていたのだ。

綱吉は決して、犬を溺愛したバカ殿などではなく、考え方の新しい名君だったのだ。

その証拠に、享保の改革の8代将軍吉宗は、綱吉の社会福祉政策を理想と仰いだ。

捨て子や子殺しを防止するために、子供の氏名が登録され、乞食や流民、そして芭蕉のような旅人に対して、役人(武士)は、食事と宿泊所を世話しなければならなかった。

芭蕉のような旅三昧の生き方が出来たのも、綱吉の社会福祉政策が背景にあったからといえるだろう。

旅人を保護する政策がなかったら、芭蕉は旅の途中で切り捨てられて、紀行文を残す事もなく生涯を終えていたかもしれないのだ。

生類憐みの令も、その福祉政策の一環だった。

信長・秀吉・家康に代表される戦国時代には、何人の人間が殺戮されたか計り知れない。

天下が統一された後も、3代将軍家光の時代には、キリスト禁止令が出され、キリスト教徒が迫害され次々と処刑された。その数は数百人以上に及んだ。

そんな時代に比較して、綱吉の時代はどうだろう。天下の悪法と言われた生類憐みの令を違反した事によって死罪になった人の記録は、たったの13人にすぎない。

そんな優しい法律がなぜ、嫌われ、揶揄されるようになったのか?

それは、生類憐みの令が、刀を持つ武士の特権的な地位を縮小させようとするものだったからだ。この法令の前では、武士の「切り捨て御免」は否定され、武士が一般庶民と同じ位置に立たざるをえなかった。

綱吉の時代の武士たちは、一般庶民のために働く役人(公僕)でなければならなかった。

憐れみの令に反発したのは、公僕として働く事を嫌った特権階級の武士達だったのだ。

元禄15年(1702)には、幕府おかかえの馬医者が、犬を切り殺した罪で切腹させられた。が、この例のごとく、たまに罰せられるのは幕府の身内であった。

綱吉政権は生類憐みの令で罪人を出すことにむしろ消極的だったようだ。

そんな配慮にもかかわらず、当時の武家社会は、名君綱吉の新しい考え方を受け入れることが出来なかった。

5代将軍綱吉は、決してバカ殿などではなく、後の反対派武士たちによって、バカ殿のイメージを塗りつけられてしまったのだった。

水戸光圀も、生類憐みの令をあまり支持していなかったらしく、皮肉をこめて綱吉に犬の毛皮を50枚ほど送りつけたりしたそうだ。

黄門様にまで嫌われたとあっては、生類憐みの令も立場が苦しい。後世に悪法と言われるようになっても仕方が無いかもしれない。

しかし、この生類憐みの令。現代社会には、とてもふさわしい法律として使えるのではないのかな、と私は思っているのだが、いかがだろうか?

5代将軍綱吉と、生類憐みの令の名誉のために、これをもう一度研究し、見直してみてはどうだろうか?

慈悲が深い

正岡子規が好きである。短詩文芸の改革者であり、文章の達人であり、若くして不治の病に倒れた病床から、世の中へ正々堂々と論を張り続け、じめじめした所が微塵もない。しかもその言葉は、多くの名言が持つ特色として、色あせることを知らない。

子規が蛇使いについて書き記した一文(「墨汁一滴」だったかな)がある。

「・・・若し之を都の人に見せたら、さぞ、浅ましい者と、驚きも、さげすみもするだらう。
・・・蛇が可哀さうだと言ふなら、百姓が牛馬を使ふのは、牛馬が可哀さうなと言はねばならぬ。牛や豚を殺して食ふのは猶更(なおさら)可哀さうと言はねばならぬ。蛇を恐ろしいもののやうに言ふて、見さへすりや打ち殺すが普通の人の為(す)る事ぢやないか。その蛇を飼ふて可愛がつて見せるのは普通の人より慈悲が深いのである。・・・」

普通の人よりも、蛇使いや牛馬や豚の飼主は慈悲が深い、と子規は言うのである。

私が畜産家を尊敬するのは、この理由による。

と、同時に慈悲の薄い畜産家は続かないようにも思える。

これは外見ではなかなかわからないし、運もある事だけれど。

一つの町で20年余獣医をやっていると、おぼろげながらそう感じるのである。

黒毛和種でBSE

mixiで屠畜場の獣医さんのページを覗いていたら、BSEが出たという記事を発見しました。

http://www.mhlw.go.jp/houdou/2006/03/h0317-5.html

平成4年生まれだそうなので、飼い主のダメージはそんなに大きくはないでしょうね。

でも、今調べてみたら、我が町でもまだ黒毛和種の平成ひとケタ前半生まれはまだ結構残っている。和牛の親は乳牛と違って長持ちなのだ。

私の知ってる限り、これで国内は16頭目だったかな・・・?

なーんて思ってたら何となんと、これで国内24頭目だそうだ!

ネットや新聞でなんとなくチェックしてたら、私が拾えていたのは15頭目まで、あとはだんだんマスコミが騒がなくなって来たからなのか、私は10頭近くも見逃していたことになる。私もなさけないなー・・・ところで

感染経路はまだわからないのですか?(そろそろわかれよ・・・)

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