元禄本俳句詠みの「はしくれ」として、俳聖・芭蕉に興味を持つのは自然な流れである。

松尾芭蕉(1644〜1694)が生きた元禄時代に思いを馳せて、歴史の年表などをめくっていると、これがまぁなんと、同時代に生きた人達の顔ぶれの素晴らしく豪華なこと!

水戸光圀(1628〜1700)・・・黄門様の世直し行脚の一行は、芭蕉の風狂の旅姿と、きっと何処かですれ違ったに違いないのだ!?

徳川綱吉(1646〜1709)・・・天下の悪法「生類憐みの令」を発したバカ殿だと言われているが、写真の3冊の本を読んでみると、綱吉は決してそんな人ではないことがわかる。

柳沢吉保(1658〜1714)・・・綱吉と共に「大奥」の主役男!。悪役のイメージは、後世の政治家や歴史家によって付けられたようだ。

吉良上野介(1641〜1703)・・・忠臣蔵の仇役。元禄時代は平和なチャンバラの少ない時代だった。こんな時代はかつて無かった。

浅野内匠頭(1667〜1701)・・・平和な時代だからこそ、この人のこんな行動が目立ってしまったのだろう。辞世 『風さそふ花よりもなほ我はまた春の名残をいかにとやせん』 はいい歌だ、がフィクションらしい。

大石内蔵助(1659〜1703)・・・あんな事をホントにやるなんてすごい、元禄時代ではむしろ古いタイプの人だったのではなかろうか。辞世 『あら楽し思いは晴るる身は捨つる浮世の月にかかる雲なし』 これもフィクション臭い。

関孝和(1642〜1708)・・・英国のニュートン(1642〜1727)と同じ年とは驚きだ。微積分の理論はどちらが先に言い出したのだろうか。

渋川春海(1639〜1715)・・・関が理論派なら渋川は実践派、天文方創始者。囲碁の名手、勝負師でもある。

井原西鶴(1642〜1693)・・・芭蕉と同じく50歳そこそこで没。有名な文人はどうも貧乏で厳しい生活の人が多いなぁ。

近松門左衛門(1653〜1725)・・・同じ作家でも、劇作家は今で言う売れっ子放送作家だろう。

新井白石(1657〜1725)・・・綱吉の政治をこき下ろし、悪いイメージを与えた筆頭株の学者先生。彼の「正徳の治」のほうがむしろ失政なのではなかろうか。「生類憐みの令」の名誉回復をしていただきたい。

宮崎安貞(1623〜1697)・・・「農業全書」(1696)の著者。この本を書いて、翌年没。水戸光圀が絶賛し、米将軍吉宗の座右の書でもあったという。

まだまだいるけれど、うーん、ざっとこうやって並べてみても、そうそうたるメンバーだ。

17世紀後半の華やかな元禄時代を生きた人たち。彼らがお互いにどこかで影響を及ぼし会っていないわけは無いだろう。

あぁ・・タイムマシンに乗れるなら、今すぐにでもこの時代に行ってみたいなぁ。