辰巳奈優美(たつみなゆみ)さんの、
第3句集、「氷絃(ひょうげん)」、を読了。
奈優美さんは、
昭和34年生まれで、
私とは一つ違いの同世代、
旭川出身で札幌在住。
50歳代の半ばで、
第3句集を上梓するのだから、
その俳句のキャリアと実力は
いまさら言うまでもない。
今生の頬まだぬくし春の雪
この一句の前書きには
「四月三日 父美仁(紫明)逝く」
とあった。
身に入むや抜け殻ほどの骨拾ひ
この一句の前書きには
「八月二十二日 母セツ子逝く」
とあった。
10年前にお父様、5年前にお母様を見送り
「この辺で一つの区切りとして句集をまとめることを思い立った」
と、あとがきに書いてある。
奈優美さんとは
2年前の北海道俳句協会の懇親会で同席し
それ以来のお付き合いだが
俳句をまとめてじっくりと読ませていただいたのは
今回が初めてだった。
以下
心に残った句を挙げる。
町なかや日向ひなたに雪解の香
蝉時雨止むひと声もおくれなく
いま吊りし風鈴の音を待つ机
隣人のにはかに親し野分あと
毀れゆく櫛のごとくに秋の虹
小鳥来るたかぞらのなほ高きより
厳寒の直情のごといたるかな
ものの角そろへて寒に対ひけり
雪雲をかくも籠めたる地平かな
大鷲の眼火をいまし切に欲る
月蝕のやはらやはらに木の芽時
鳥雲に入る美しき角度もて
まだまだたくさんあるが
きりがないので、この辺で。
北海道の
同世代の俳人
として
辰巳奈優美さんの
これからの活動に強く期待し
私も
それに続いてゆきたいと思った。


左の写真の道具を使う
「牛のニコイチ捻転去勢法」
の動画をYouTubeにアップしています。
ここを→クリックして
第3句集、「氷絃(ひょうげん)」、を読了。
奈優美さんは、昭和34年生まれで、
私とは一つ違いの同世代、
旭川出身で札幌在住。
50歳代の半ばで、
第3句集を上梓するのだから、
その俳句のキャリアと実力は
いまさら言うまでもない。
今生の頬まだぬくし春の雪
この一句の前書きには
「四月三日 父美仁(紫明)逝く」
とあった。
身に入むや抜け殻ほどの骨拾ひ
この一句の前書きには
「八月二十二日 母セツ子逝く」
とあった。
10年前にお父様、5年前にお母様を見送り
「この辺で一つの区切りとして句集をまとめることを思い立った」
と、あとがきに書いてある。
奈優美さんとは2年前の北海道俳句協会の懇親会で同席し
それ以来のお付き合いだが
俳句をまとめてじっくりと読ませていただいたのは
今回が初めてだった。
以下
心に残った句を挙げる。
町なかや日向ひなたに雪解の香
蝉時雨止むひと声もおくれなく
いま吊りし風鈴の音を待つ机
隣人のにはかに親し野分あと
毀れゆく櫛のごとくに秋の虹
小鳥来るたかぞらのなほ高きより
厳寒の直情のごといたるかな
ものの角そろへて寒に対ひけり
雪雲をかくも籠めたる地平かな
大鷲の眼火をいまし切に欲る
月蝕のやはらやはらに木の芽時
鳥雲に入る美しき角度もて
まだまだたくさんあるが
きりがないので、この辺で。
北海道の同世代の俳人
として
辰巳奈優美さんの
これからの活動に強く期待し
私も
それに続いてゆきたいと思った。

左の写真の道具を使う
「牛のニコイチ捻転去勢法」
の動画をYouTubeにアップしています。
ここを→クリックして










私小説っぽい俳句を書かれる方なんですね。
感情が溢れ出しそうだけれども、寸前で抑えて徘徊味を保っていらっしゃるところが魅力と感じます。そういう所が女性らしい感じがします。
特に人が亡くなってまだ完全に生きていた時の体温を失っていない感覚は、私も記憶に何度もあるところで、死ぬ前から指先やつま先などが先に冷たくなっていくのに対し、その亡くなり方にもよるのですが、特に急に亡くなられた方では体温が体幹に残りやすいのです。
その感覚は心の整理に後髪をひかれるような、心が行きつ戻りつするような感覚を覚えさせるような事象です。