先日の夜間当番の明け方

「予定日よりも遅れている牛が産気づいた・・・」

という電話が酪農家の⌘さんからかかってきた。

「足は来てるんだけど・・・」

「・・・わかりました。」

⌘さん宅について

繋ぎ牛舎でうずくまっている牛の

産道に手を入れると

確かに前足2本に触れた。

そしてその少し奥の鼻先にも触れた。

「・・・予定日はいつなの?」

「それが、えっと、2月の中頃なんだわ・・・」

「・・・???」

「それから、何回か診てもらって、まだ産みそうじゃないからって、ずっと・・・」

「・・・もう2ヶ月以上?・・・遅れてるの??」

「そう・・・」

「・・・授精月日・・・間違えてない??」

「それが5月11日に1回付けただけで、間違ってないんだわ・・・」

いつも几帳面な⌘さんの言っていることは間違いなさそうだった。

うずくまっている牛を立たせて

もう1度産道に手を入れて診た。

太い足の奥にある頭が

牛の胎児にしてはずいぶん大きく

後頭部まで触ろうとして手を奥に入れたが

なかなか後頭部に手が届かない。

胎児の耳に手が届かない。

「・・・これは・・・頭がデッカい・・・」

まるで馬の胎児の頭部を触っているような

長い鼻梁と

遠くにある頭頂部に触れて

私はこのお産の異常を感じた。

長期在胎2ヶ月は間違いないようだ。

「・・・これは・・・このまま出すのは無理・・・切るしかないかな・・・」

「そう・・・」

「・・・帝王切開・・・車の手配できる??」

「今日は和牛市場だけど・・・その前に運ぶわ・・・」

「・・・じゃあこれから診療所に戻って手術の準備するからよろしく・・・」

私は同僚のK獣医師に電話で起こして

帝王切開の準備を進めた。

明け方の空はすっかり明るくなっていた。

K獣医師とほぼ同時に診療所に着き

急いで朝飯を食べて

帝王切開の準備をしていると

⌘さんの牛を乗せた家畜車がやって来た。

牛を手術台に移動させて

いつものように帝王切開を始めたが

「・・・子宮が・・・デカいよ・・・」

牛の腹囲が異常に大きくなっていて

腹腔に手を入れても

なかなか子宮の中の

胎児のポジションを把握できなかった。

K獣医師にも手を入れてもらいながら

ようやく

胎児の飛節をつかむことができた。

だが

掴めるのは飛節までで

球節から先を持って来ることができなかった。

「いやー・・・キツいっすね・・・」

「・・・もうここ(飛節)で子宮を切開するしかない・・・」

「ですね・・・」

「・・・子宮を切ってからの失位整復だね・・」

かくして

飛節の部分の切開創から手を入れて

胎児の球節から先を探り

子宮角の屈曲部で引っかかっている

胎児の後肢の蹄を

ようやく創口まで持って来ることができた。

「うわっ・・・やばっ・・・」

K獣医師が驚きの声をあげた。

胎児の太い後肢と

大きな蹄が創外に現れた。

まるで育成牛の後肢のように太く

胎便が絡んで黄土色の

とても胎児とは思えぬ立派な後肢が現れた。

もう1本の後肢も同じようにして創口から引き出し

その飛節にチェーンブロックをかけて

胎児を牽引した。

胎児の臀部から腹部

そして胸部から肩部

そして頭部から前肢

徐々に引き上げてゆくと

チェーンブロックが足りなくなったので

その先は胎児を手で押しながら

とうとう巨大な胎児が

体内から摘出された。

「うわぁ・・・やべー・・・マジで・・・」

「・・・デカすぎだよこれ」

出した胎児は体重が100Kgにせまろうかという大物だった。

胎児は間違いなく予定日を過ぎ

その後約2ヶ月ほど

子宮の中で成長を続け

まるで育成牛ほどの大きさまで

そのまま子宮の中で育ち続け

ようやく長い眠りから覚めて

体外に出てこようとしていたのだ。

お腹かがぺしゃんこになった母親の

子宮、腹膜と腹筋と皮下織、最後に皮膚を縫い上げて

母牛はその後ゆっくりと立ち上がり

死亡した巨大な胎児と共に

⌘さんの家畜車に乗って帰って行った。

手術は朝の受付時間の前には終わったので

私は通常通り今日の往診先を確認して

診療所を出発しようとした時

電話が一本かかって来た。

⌘さんからだった。

「あの・・・朝手術してもらった親なんだけど・・・」

「・・・うん、どうしました?」

「いまさっき・・・死んじゃったんだわ・・・」

「・・・え・・・そうなの・・・じゃあ・・確認いきます。」

IMG_8603私は往診の一番最初に⌘さん宅へ向かった。

⌘さんの牛舎の前には

先ほどの巨大な胎児と

先ほど腹を切った親牛が

IMG_86022頭並んで斃れていた。

この胎児が

さっきまで

隣の母牛のお腹に入っていたとは

IMG_8604とても思えぬ大きさだ。

分娩遅延2ヶ月の

記録的な胎児だった。

「親はね・・・家畜車の中でうずくまってたけど・・・立たせたら・・・立ったんだわ」

「・・・自分で降りれたんだ。」

「うん、それで・・・牛舎まで自分で歩いて行って・・・通路のところでまた寝てしまって・・・」

「・・・。」

それっきり

この母牛は動かなくなったという。

どうやら

心臓が

もたなかったようだ。

 ※     ※      ※


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