北の(来たの?)獣医師

北海道十勝地方で牛馬を相手に働く獣医師の最近考えていることを、 散文、韻文、漢詩 でつづったものです。

読書ノート

町民文芸誌

町民文芸誌我が町の図書館で発行している「町民文芸誌」が発行された。今年で22号だ。

自治体の発行物ということでお堅いイメージがあるが、開いてみると、なかなかどうして、グラビアあり、小説、随筆、童話、紀行文、特集記事など、読み応え十分で時間を忘れてしまう。

実は私も10年来、この本の川柳コーナーに参加して末席を汚している・・・

今年の豆作の掲載作品は、以下の五句

 野球よりお喋り上手選手の子

 牛丼屋日本の肉じゃ成り立たぬ

 廃棄して北の大地が乳臭い

 秋篠家女系騒ぎに水を打ち

 ダム建ててあとは知らない景気策

過去、川柳以外に俳句や漢詩も投句したりしたのだが、どういうわけか編集委員からの依頼書には「川柳をお願いします」と、川柳の文字しかないのだ。

漢詩についてはかつて「このようなものは掲載できません」と、没にされてしまったことがあったし・・・(硬いんだよなぁ)

今回も発行早々、編集委員長のKさんが、わざわざ我が家まで一冊届けに来てくれたのだが、その時Kさんは玄関で曰く

「安田さん。いつもありがとうございますね。また川柳のほう宜しくお願いしますって、おじいちゃんにお伝えくださいね。」

毎年この調子なのだ・・・あのー・・・俺はまだ46歳なんですけど・・・

馬よ花野に眠るべし

馬よ花野に「花野」から始まったコメントの中で、ナキウサギさんが挙げてくれた本をネットで探し、取り寄せて読んでみた。

もう増刷されておらず、古本屋のネット販売にしか置いていなかった、が、それゆえに余計楽しみが増すというものだ♪

水上勉の小説を読んだのは初めてだ。

馬など一度も触ったことの無い主人公の肥田善六が軍馬「敷島」と出会い、敗戦後もその馬と一生を共にする生々流転の物語。

著者自身が、戦中入隊して初めて馬の世話をしたという経験があり、それを元にした物語なので、当時の記録性も高く興味深い。

日本の敗戦後、軍馬たちのほとんどが外国では置き去りにされ、国内においてもそれは同じで、食糧事情の悪化の中で殺されて肉になったものが多いといわれている。

そんな中で肥田善六は、運命の出会いをした「敷島」を捨てられず、世間から奇異の目で見られながらも、大金をはたいてこれを引き取り、農耕、運搬、などの下請け業として愛馬の活路を開いてゆく。

しかし、時代は自動車とトラクターの急激な普及により、せっかく開いた活路はあっという間に狭められ、連れ合いとも離婚し、主人公は世間から孤立を深めてゆくのだった。(我が町にも、かつてこんな雰囲気を持った馬屋のオヤジ、いたよなぁ・・・)

その後は神社の祭り馬、時代映画のエキストラ、結婚式場の観光馬車、・・・と、人馬一体のドサ回りをつづけた主人公は、「敷島」の病死の翌日、自らもその後を追う・・・。(我が町でも、かつて治療しても治らずに馬が死んだ数ヵ月後、後を追うように亡くなった馬屋のオヤジ、いたよなぁ・・・)

淡々とした語り口の中に、水上勉の筆力を感じつつ一気に読んでしまった。

今思うとでもこの「敷島」という馬は、当時で考えられる馬の仕事という仕事をすべて経験したスーパーホースである。こんな馬、実際はちょっとありえないかもしれない。

しかし、その流転の物語の裏には、作者の馬への哀悼の気持と、馬達がもっとこうなってほしかったなぁという、叶えられなかった作者の願望がひしひしと感じられるのだった。

 こしくにの山はかすみにおほわれて馬よ花野に帰りゆくべし  

                       <肥田善六の遺書の結>

映画化もしくは増刷をぜひ望みたい。

 

What is Japanese?(2)

タテ社会盂蘭盆を挟んで(今年は義母の新盆だし)、お寺にお参りなどを重ねつつ、「What is Japanese ?」 の言葉に、まだ取り憑かれている。

武士道に続き、以前一度読んで本棚に飾ってあった本

「タテ社会の人間関係」 中根千枝 著 講談社現代新書

を、思い出して再読。1966年初版。タテ社会という言葉を流行させた著名な社会人類学者のロングセラーで、ご存知の方も多いと思う。

これが又新鮮で、何度読んでも面白い。日本人社会と欧米社会の構造の特徴を、客観的に理論的に説明しその大きな違いを浮き彫りにさせている。

副題にあるように、「ウチ」と「ソト」を強く意識した、非論理的、感情的な日本人社会・・・。

畜産業界や獣医学会などに目を向けてみても、このことはよく当てはまり、当てはまりすぎて笑いがこみ上げてくるほどだ。

たとえば日本の牧場では、社長が従業員と一緒に違和感なく飲み食いするなど、家族的な丸抱えな付き合いをする(タテ社会)。一方、欧米の社長と従業員はそんなことはなく、社会的ルールや契約で付き合っているので、食事や懇親会などは、社長同志、従業員同志(資格によるヨコのネットワーク)だ。

獣医学会や大学のスタッフでも日本人は先輩後輩意識が強く、学生も「お家」の一員だ。しかし、欧米の大学スタッフは同じ科の同僚は一括してコリーグ(colleague)で、学生とは一線を画しているという。

国際化の波の中、欧米の影響をいっそう強く受けつつある、日本の酪農、肉牛、馬産、にはこの社会構造の問題が常に見え隠れしている。

この社会構造の違いを、自覚、あるいは自省していないと、今後の日本の畜産業界はあらぬ方向へ行ってしまうかも!?

そして、当然のように、私の職場である十勝NOSAIも、また然り。

武士道

武士道お座敷獣医師H先生のお勧め図書を読んでみた。

「武士道」 新渡戸稲造著 矢内原忠雄訳 1899

岩波文庫 青 118-1

17章から成り、著者の幅広い東西の知識と経験から、日本古来の思想である武士道をあぶりだしている。各章が簡潔で、論理的な筋立てがとても明快。この原文が英語だったということに驚く。外国人のために書かれたものだったのだ。

日清戦争の直後に書かれた物なのに新鮮な内容だ。しかし、この武士道がその後の日本人の皇民教育や太平洋戦争開始への思想的な下地になったことは、容易に想像できる。もちろんそれは、新渡戸博士の望んだ所とはまったくかけ離れたことだったに違いない。

戦後61年。高度成長が終り、経済至上思想が破綻した今、日本人が自分達の心の内を見つめ直すには必読の書かもしれない。

「日本人の心理を精察したらば、・・・、必ずやこの源泉の武士道にほかならなぬことを容易に確認しえたであろう。劣等国と見下されることを忍びえずとする名誉の感覚・・・」(16章・武士道はなお生くるか)

畜産業だけに限定しても、この本に書かれていることは大変示唆に富む内容だ。たとえば「誠」の章。「武士道は商業上の不名誉の流れを阻止するに無力であったか。その点を考えてみよう。」として、東西の実例を引き合いに出し「正直は最善の政策なり。」「結局正直が引き合うことを学んだのである。」と言っている。今の輸入牛肉問題や食品安全性論議において、武士道の精神が日本の畜産の精神的支柱になる可能性は無いか?

「花は桜木、人は武士」などといって、間違った戦争を引き起こし、ズタズタになってしまったように見える日本人の心。

バブルの崩壊から、経済至上主義が行き詰まり、心のヒーローやヒロインを求め、つくり上げられたヒーロー達にことごとく裏切られてきた日本人の心。

しかし、ここ数年のミュージックシーンにおける「さくらソング」(森山直太郎、河口恭吾、ケツメイシ、コブクロ、など)の連続ヒットをどう見るか。

新渡戸博士は「武士道は一の独立せる倫理の掟としては消ゆるかもしれない、しかしその力は地上より滅びないであろう。・・・その象徴とする花のごとく、四方の風に散りたる後もなおその香気をもって人生を豊富にし、人類を祝福するであろう。・・・」と、結んでいる。

続きを読む

ネイチャーコールズ

うんこ「NATURE CALLS」 岩合光昭写真集 小学館

一風変った野生動物の写真集である。

牛馬の大小便は見慣れている、というかそれを見たり触ったりすることを生業にしている私としては、こういう写真集にはとても親近感がもてるのだ。

おしっこ著者によると、某国のある書店の店頭に、この本を並べることを拒否されたそうな。

著者の岩合光昭氏をご存知の方も多いだろう、けっしてこういうネタ専門のお方ではない。世界的に活躍されている野生動物の写真家である。

しかし、著者はあとがきで、これは野生動物のウンコとオシッコの「芸術」の本であるといっている。

この言葉にも、私は親近感を持った。実は私は学生の時、学園祭で、自分のウンコの写真を半年撮りためて、形の良いものを選り抜いて「芸術品」としてスライド上映をしたことがあるんです・・・。これにはさすがに、友人、先輩、先生方の評価が大きく分かれたものだった。オマエは異常だと・・・。

しかしそんな中で、同級生だった馬医者修行日記のhig先生などは、スクリーンに大写しになった私の排泄物を見て大喜びしてくれたことを覚えている(笑)。

小説「輓馬」

「輓馬」「輓馬(ばんば)」  鳴海章   文芸春秋

じつはこの単行本、5年も前に職場の後輩M獣医師から借りたままで、やっと昨日から今日、まともに読み直し、読了したのでした(Mくんゴメン、お礼つけて返します

さてこの「輓馬」は、今年の第18回東京国際映画祭でグランプリなど4冠をとった映画「雪に願うこと」の原作、ということで、もう1度ちゃんと読んでみようという気になったのでした(動機がちょっと情けないですが)

しかし読み始めると、競馬場のシーンから次の日へ、そして主人公が帰る日まで、グーッと物語に引き込まれてゆくのです、情景も舞台も我家から車で15分足らずの所で、しかも季節はまさしく今開催中の帯広の冬、まるで今主人公や馬や厩務員さん達が目の前に居るような気分で読んでいましたよ、私も20代の頃一度、開催前の輓馬の厩舎へお邪魔して昼飯ご馳走になったことあったしなぁ

「競馬は人生のようだ」という寺山修司の言葉を思い出しました(「人生は競馬のようだ」では無いところがミソ)、輓馬の第1障害が20代で、第2障害が40代、と、たとえる所に大きく感銘した、私も今、人生最大の第2障害を越えようとしてるのかな、とも思えるのです、途中で息切れしそうなのだけど・・・しかし

「何も難しく考えることない。お前はもっと自分に自信をもっていいのさ。自分らしくいれば、それでいいってことよ」 という矢崎調教師の言葉が心に沁みるのです

あぁ、なんだかまた、重輓馬のの体に触りたくなってきた・・・映画「雪に願うこと」はいつ来るのだろう、来たら必ず見に行こう、矢崎厩舎のウンリュウやシャドーキング役の馬たちの演技も見たい所だ、それと・・・エリモホマレ・・・でもこれは映画では見れないかな(笑)

 

はんかく彩さん

十勝の大樹町というところの短いシッポ酪畑兼業農家の奥さんが書いた面白エッセイである、子供のこと、牛のこと、旦那や親そして自分のこと、を思う気持ちが、切れのよい短文に乗って、読み手にびんびんと伝わってきます

田舎の人が読んだら、そーそーわかるよと言いそうで、町の人は読んでちょっとびっくり、かもしれない

私が毎日往診に回っているウシ屋の奥さん達も、似たようなこと考えているのかなー、などと思いながら何度も読み返しましたよ、農業を一生懸命支えているのは将にこの人たちなんだね!

エッセイとはこう書くものか、と感心させられる箇所も沢山あったなぁ・・・文章ホントうまいね・・・ともあれ、つべこべした解説は抜き、一度読んでみなって感じです

 「短いシッポ 〜教科書に載っていないホントの農業」  はんかく 彩 著

                                      定価 1,500円 

  <取扱先> 株)ザ・本屋さん本部 0155-23-5991

 

転校生

先週十勝でベスト8まで勝ち抜いたウチの息子達の新人チームは、その翌日の試合に負けてしまい、今年の全道大会への夢は絶たれてしまいました、後援会長として非常に悔しくて(笑)、しばらく仕事中でも負け試合の悔いの残るシーンが頭を離れませんでしたが、まぁねぇ、しょせん子供のやることですからー、怪我もなく終われてよかったということにしておきましょう・・・

そんなことで土曜日曜が暇になったのです、ヒマな時はやはり読書がいいですね

 「きよしこ」 重松 清  新潮社

重松清は1963年生まれ、私とほぼ同世代、さらに親近感が沸くのは彼が父親の仕事と家庭の事情で小学校、中学校と転校を繰り返したという所

私も小学校を2回、中学を1回変わっていて多感な時期を転校生で過ごしてきた、その転校生のせつない気持ちがこの「きよしこ」という重松の少年時代の自叙伝的な小説にふんだんに盛り込まれているのです、幼き日の私がこの小説の主人公とダブりにダブってしまって、もう私は、読んでいて胸がいっぱいになってきたのです

20代の頃私は、恥ずかしながら、転校生の自分を主人公とした小説のようなものを書いてみたいなぁと思っていました(笑)でもたいした文才もモチベーションも上がらぬまま悶々と俳句などでごまかしていたんですが(転校生をテーマにした俳句の連作は作ったことあったけどね)それがいま、重松の作品に出会ったことで、胸のつかえがおりたような気がしています

重松の小説の大きなテーマの一つは「家族」・・・2世代同居の大家族が減り、核家族化し、転勤転校、離婚再婚、があたりまえになって来た今、昔の文豪の作品には出てこない「家族」しかも、女親ではなく男親と息子という視点から見た「家族」は、今の私にとって「仕事」と同様の最大のテーマの双璧であります

 「それがほんとうに伝えたいことだったら・・・・・・伝わるよ、きっと」 (「きよしこ」より)

しばらく重松にはハマりそうだなぁ・・・

スポーツの秋

私はこれといって特に得意とするスポーツはない、長く続けていたスポーツがないのです、中学でバスケット、高校で山登り、大学では山を挫折して朝野球を少し、そんなもんでして、今思うとあぁもっとスポーツ真剣にやっとけば良かったなぁと言う後悔の思いが沸いてくるのであります

その反動なのでしょう、子供達がスポーツに打ちこんでいるのがとても嬉しく、親バカになって後援会活動に励んでいる私です、今日も息子の野球の十勝大会を観戦、1回戦を勝ち上がり十勝地区ベスト8までこぎつけました♪、自分がやるわけでもないのに何でこんなに興奮するのか可笑しいぐらいですよ、明日は昼から2回戦、さてどうなることやら・・・

子供のスポーツがないときは、テレビの観戦はもちろんですが、最近はハマっているのがスポーツ関係のエッセイやノンフィクションものを読む楽しみ、今日読み終えたのは

 スポーツを「読む」   重松 清 著  集英社新書

これはもう日本の一流のスポーツノンフィクションライターのオンパレードの解説書、この本を道標に私の「スポーツ読書」の幅を広げて楽しんで行きたい、なんだか大海原へ航海し始める気分でありますよ

この本には残念ながら取り上げられていないけれど、私は溝手孝司という札幌在住のスポーツライターと親しく年に一度は酒を飲んでいる、これがまた読むスポーツや見るスポーツとは一味違う、聞くスポーツというか語り合うスポーツとして非常に楽しいジャンルなんです

正しいスポーツオヤジ(椎名誠風)になるというのは私の一つのライフスタイルの目標でもあるのです・・・っていうかまぁただ好きな事してたいだけですが(笑)

 

石川啄木

秋というわけではないけれど(まだ暑いし)最近よく本を読む

「新編・石川啄木」 金田一京助 著 講談社文芸文庫

同郷の幼なじみの文学者が語った天才詩人は、中学時代はものすごい「真似っこ」だったという、いいと思う人になりきってしまう、その頃の彼の作品は回りが辟易するほどのパクリの作品ばかりだったという

でも天才とは真似の天才ともいえる、真似できることがすごいし、真似ることができたらたらもう追い越すのも間近と言うこと、あのイチローだってあこがれる打者の真似をしながらレベルアップしていったというし、いろいろ真似できるから天才なのだ

「あいつの真似はとてもできないよ」という言葉は凡人の吐く言葉なのだ、天才はこういうことは絶対に言わない、真似できちゃうんだからね

ところで、この本で一番励まされたことは、米も買えない啄木の極貧生活である、私の生活なんて啄木に比べたら天国である・・・いたっておこがましく、全くつまらない比較ではありますが・・・有難いことですよ(笑)・・・読後感はまずもってこれだったのでした

季語と仏教

この頁にリンクを貼らせてもらっている無明さんの「徒然記」で紹介されていた本

「日本仏教がわかる本」 服部祖承 著  

を取り寄せて読了、とてもわかりやすい言葉で、見開きで読める簡潔な文章、しかも全く宣教臭くなくて、さすがに77歳の高僧の書かれた本だなぁと感心しながら、一晩であっという間に読んでしまった、読後感も非常に爽やかでどこか懐かしさが漂う・・・

いまさら言うまでもないことだけれど、俳句の歳時記には仏教に関係の深い季語が多く出ていて、とても覚えて使いこなせる量ではないのだ、別にそういう季語を使いこなせなくても、俳句は作れるのだけれど・・・やはりそれでは浅いのだ

俳句の季語は日本人の生活から生まれてきたものであり、日本人の生活が仏教と深くかかわりながら歴史を刻んできたことがよくわかるのです、「彼岸」や「お盆」や「除夜」などという季語は、日本人の心に染み付いている大きな季節感であります、歳時記をめくっているとこういう、心に染み付いた季節感を持つ言葉がきりのないほど出てくる、そしてそれが5世紀に伝来したという仏教と非常に深いつながりを持っている

他の宗教とは比べ物にならないほどの圧倒的なつながりがある

季語の意味を深く理解して俳句を実践してゆくためにも、日本仏教を学ぶことは大切なことだなぁと痛感しましたよ

前にも書いたけれど、私の実家は臨済宗の檀家だった、しかし母がクリスチャンだったために祖母の死を契機に、安田家は仏壇を焼いてしまった、当時大学生だった私には仏教よりもキリスト教の方が身近なものだったんです

だからこの「日本仏教がわかる本」を読んで、祖父母の家に遊びに行ったときのような懐かしさを感じたのですね

Profile

豆作(まめさく)

ギャラリー
  • 牛の血中カルシウム濃度・最低記録更新!(低カルシウム選手権)
  • 牛の血中カルシウム濃度・最低記録更新!(低カルシウム選手権)
  • 牛の血中カルシウム濃度・最低記録更新!(低カルシウム選手権)
  • 牛の血中カルシウム濃度・最低記録更新!(低カルシウム選手権)
  • ハロウィン⁉︎
  • ハロウィン⁉︎
  • 独特な作品!(第62回総合美術十勝協会展・北の刻)
  • 独特な作品!(第62回総合美術十勝協会展・北の刻)
  • 独特な作品!(第62回総合美術十勝協会展・北の刻)
蓄 積
1日1回クリック宜しく!

願援助為自己満足
訪問者数
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

感 謝
牛馬語の俳句

  • ライブドアブログ